第36話

犀川よう様の近況ノート『批評を書ける能力』に、「感想」と「批評」について書かれています。書かれているとおり、感想は基本褒めるものです。批評は経験と力量が必要です。

分析、評論、批評。そんなだいそれたこと、とてもとても。

おいそれとできることではありません。できることといったら、せいぜい一生懸命読んで、褒めた感想を書くことくらいです。

褒めるところは褒めるだけで、褒めるのが難しいところは目をつぶったり、触れないでいたり。たとえば、数字は漢数字とか、半角ではなく全角で、とか気になったとします。でも、スマホで文章入力していると考えると、英数字や半角のほうがやりやすいし、運営側も細かいことは気にしていないので、わたしも気にしません。

でも、最初の頃は気にしました。受賞作で推敲も手直しもしていないままでいいのかしらん、と思いました。ネット小説はこういうものなのかなと、寛大な心を持つようになりました。


二〇二〇年の読売新聞社賞を取られた、朝田さやかさんが書かれた、『プロトコールが鳴り響く』という作品があります。作者さんにはいったことはないですが。結構気に入っている作品です。

タイトルがいい。プロトコールとは、主に国の間の公式儀礼をさし、相手に敬意を表し好感を与え、迷惑や不快な思いをさせないルールのこと。

時はまさにコロナ禍。インターハイ中止を受け、バレー部三年生の四人はリモート通話をし、引退の話が出て主人公は反対し、一月に開催される春の高校バレー全日本バレーボール高等学校選手権大会に出る望みを捨てきれずにいた。引退せず続けるのは受験勉強を捨てるのも同義。おまけに推薦で大学に行けるほどの才能もない。戦わず引退する現実を受け止めきれず、受験勉強にも身が入らない。そんなとき後輩新キャプテンから、「引退試合をしませんか」とメールが届く。

体育館で行われる引退試合はチームメイトを七人ずつ、二チームに割り振って戦う。三年全員と組めるよう、チームを二回組み替えて三戦。三セットマッチ、デュースありの大会本番と同じ真剣勝負。ルールに則って行われ、またコロナ禍自粛もまたルールに則ったこと。世の中も、引退試合もプロトコールで行われている。それを比喩的に表現したタイトルは素敵だと思いました。ただ、作中で「プロトコールが鳴った瞬間から、戦いは既に始まっている」という書き方が引っかかりまして、「コール音が鳴り響くものではない」と感想に書きました。

昔の感想の書き方は、褒めるとこは褒めるけど、指摘も書いてました。いまは、そういう書き方はしてないと思います。この頃の私は活字が読めなかったので、活字を読むために、やる気に満ちた高校生の作品から元気をもらおうとしていました。なので、余裕も配慮もなかったのです。

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