二
「……おはようございまーす」
玄関から勢い良く飛び出してきたのは、寝癖を添えた短髪頭だった。羽織っただけのダッフルコートから、ボタンを掛け違えた学ランが覗く。寝起きの声を絞り出しながら、都合が悪そうに彼は笑った。
青森の朝は手強い。いつも早起きの僕でさえ、この時期は起きるのが億劫になってしまう。小さい頃から寝坊の王様だったこいつのことだから、尚更起きるのが辛いだろう。僕は、息を切らして立つ彼に向かって、学者先生の如く、大げさな抑揚で挨拶をしてみせた。
「おはよう、いつも通りのお寝坊かね」
「うわ! まじでその言い方嫌だあ!」
僕に寝坊を茶化された彼は、悔しそうに顔を歪ませながら手袋越しに僕を小突く。僕らは、閑散とした通学路に眩しい笑い声を響かせて歩いた。
「そういえばリン、お前進路決まった?」
ひとしきり冗談を交わした後、彼はふとそんな質問を投げかけてきた。
「何、珍しいな、お前から受験の話するとか」
「いや、俺だってするときはするし! リンは頭良い高校行けるんだべなあ、ちょっと距離遠いけど、あそことかさ」
「……まあ、まだ決まってないけど、多分」
「春休み中に決めなきゃなんだべ?早えなあ、 めっちゃ面倒くさそう」
前を歩く彼は怠そうに声を漏らしながら、雪かきされていない細い歩道を踏み慣らしていく。
正直、彼とこの話をするのは苦手だ。ものすごく受験が嫌だとか、もてはやされるのが嫌だとか、決してそういう理由ではない。
僕らは、春休みを目前にしていた。来年は進路決定やら高校受験やらで毎日忙しくなると、お母さんが口酸っぱく言っていた。つまりこの春休みは、何の心配もなく遊べる最後の機会となる訳だ。そんな特別な春休みを、僕は彼と過ごすことができない。
僕らは幼稚園からの付き合いだ。小学校も中学校も同じところに進んだ。ものの考え方や性格は真逆なのに妙に気が合い、今まで懲りずに一緒にいる。幼馴染であり親友であり、兄弟のような存在だった。
以前までは、よく進路や夢や未来の妄想を語り合ったりしていた。でも、今したところでただ苦しいだけだ。
「……お前は進路、というかそれより引っ越しの準備、順調なのか」
「……あー、家はだいぶ片付いた。俺の準備はまだ全然だけど!」
「あと一週間しかないべ。大丈夫なん」
「まあ大丈夫だべ! それよりも、今はお前と遊ぶ方が大事だし」
彼はぐるんと首を回し僕の顔を覗くと、真っ白な息を自慢げに吐きながら、真っ赤に冷えた顔で僕に笑いかけた。別れが近付くたびに、彼と遊ぶ時間が高価になっていく。避けていたその事実を彼の口から聞いてしまったら、僕はもう、諦めて彼に笑い返すことしかできなくなる。
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