36 顛末

シェナ視点


空の色が変わり、死の霧があふれ出し、魔獣の波が押し寄せた日から数ヶ月がたった。


 あれから凶暴化した魔獣が森沿いの村や真知を襲うという被害もなくなり、魔獣の波にのまれて瓦礫と化してしまった箇所の復興は順調に進んでいる。


 ダメになった農作物や家畜の分は国が負担することにしたらしく、今は農家達が一から元の状態に戻すために張り切っている。


 そんなこともあり、魔獣の被害もなくなり平和になったと言うことで活気が戻ってきている。


 王都や周辺で暴れていた邪神教についてだが、まずは黒いマントの方。


 ブレナと行動していたことから仲間だと思っていたが、案の定であり想定内の事実しか出てこなかった。


 そして緑のローブの方なのだが、こちらはブレナ達と昔から敵対していたこともあり、今回の動きを察知して妨害のために暴れていたらしい。


 どうりで双方揃うと暴力沙汰しか出てこないわけだ。


 情報収集能力は見習わなければいけないものがあるが、やっていることがやっていることであるので黒も緑も見つけ次第引っ捕らえることとなっている。


 あと、国王が対応に追われていた窃盗団とプルとペア帝国との貿易問題についてなのだが、これはバースノンク国が関与していることが発覚した。


 貿易問題と窃盗団、それから二つの邪神教の対応に追われている最中ならば謀略を働いてもうまくいくと思ったのだろう。


 まぁ、ブレナに利用されて終わったけれども。


 今回の件に関して、国王達が証拠を持って周辺諸国を味方につけ、更にはバースノンク国が一番敵に回したくない主な貿易先となっているアルバシェラ公国を味方につけ交渉し、圧力をかけた結果、今はずいぶんと大人しくしている。


 そのおとなしさがいつまで続くかはわからないわけだし、バースノンク国には今まで以上に警戒すること、そしていつ戦争が起こってもいいように作戦を練っておくことになった。


 そしてブーティカなのだが、失敗したことで見切りをつけられたようで強制送還の後、国外に出ることを禁じられた上に王族としての席をはずされることになった、つまりは王族としての身分を取り上げられたと言うことである。


 王族という後ろ盾がなくなった分、今まで好き勝手してきた分が帰ってきているようで苦労しているんだとか……。


 あと、ブーティカが私を狙った理由だが、昔に社交界を抜け出して庭で遊んでいて、転んでしまったブーティカに手を差し伸べたことが原因だったと発覚した。


 そのことについては昔のことだし、覚えていなかったのだが本人曰く、スラム上がりの私が手を差し伸べることは自分のことを見下しているのだ、とか……。


 全くもってよくわからない超理論だこと……。


 まぁ、よくも超理論を軸にして私の隠していた過去まで暴くとは恐ろしい執念だ。


 ほんと、よく私がバルドーナ家の子供であるとわかったものだ。


 結局は詰めが甘くてブレナに利用されるだけされておしまいだったけど。


 それで、先ほど名前の出てきたブレナについてだが今は厳重な警備の敷かれた牢屋に幽閉されている。


 黒いマントの者達は今回の計画以外の情報を全くといっていいほど持っていないものだからブレナから情報を得ようとして色々と試しているのだが、どれもこれもいまいち効果はない。


 痛みに強いのはもちろんのこと、通常の自白剤やより効果の認められる魔法で作られた自白剤なんかも体制があるらしく効いている様子は微塵もなかった。


 情報を全くもって渡そうとしないブレナだったのだが、バースノンク家を氷図家にした犯人は俺であること、そしてブレナ本人の最終目標のようなものについては喋ってくれた。


「また、船長や船員達と海に出たい」


 遠い過去を見ていた。


 そして、ハウさんと互角……いや、互角以上の戦いを見せた“それ”についてなのだが、こちらも情報は一切つかまれておらず、顔を見たわけでもないから人相書きを作ることもできなかった。


 わかっていることと言えば人間でないこと、人の体を器にしていること、器は元海賊であると言うことだけだった。


 で、バースノンク家の者達について何だけれど……。


 とりあえず、爆発での影響でどこかが欠けていたり、砕けていたりと言うことはなかった。


 どうにも、爆薬を仕掛けたブーティカの手下が流石に他国の貴族の家に爆薬を仕掛ける暗殺を謀るのはやばいだろうと思って勝手に爆薬の量を減らしたんだそうだ。


 そのかいあって、カフが怪我をしたものの死人が出ることはなかった。


 その後、ハウさんとラジェの力を合わせてバースノンク家の面々を解凍、精神的にも身体的にも問題がないと判明した。


 ……そして、“パンドラ”についてや私とカフを捨てたことに関して話を聞いた。


 “パンドラ”については、今以上の情報が出ることはなかった。


 私達についてだが、カフを護衛として私達を捨てる風に装おうことで“パンドラ”の器はいないと錯覚させ、もしもの時のためにカルメンが私の影武者となった。


 急いでいたとはいえ、子供の私に大してしたことは非道な行いであることには変わらないと言って頭を下げられたときの私の感情と言ったらなんと言ったらいいものか……。


 ただまあ、以前よりも生きやすいと思うのは間違いないだろう。


 それで、私はというと……。




「はぁ……」


 王宮の敷地内にある離宮にて隔離されていた。


 私が“パンドラ”の器であること、死の霧を引き出せる可能性があることを考えると当然の対応である。


 生かすにしても、殺すにしても、私の扱いは国の手に余るものだろうというのは容易に想像できた。


 殺すにしたって秘匿した死刑だろう。


 私を殺すたって、騎士団の士気に関係するし、王太子妃の護衛を処刑するのに理由を明かすことなんてできないから国民からも不審がられるだろうしね。


 なにせ超大国を滅ぼした元凶であり、使い方を間違えれば自滅必死の強大な戦力、制御の方法なんて微塵もわからない、いつ爆発するかわからない爆弾のような代物なんだからね。


 ハウさんが封印を再構築してくれようとしたけれど、完全に戻すことはできなくて、相変わらず死の霧を引き出そうと思えば引き出してしまえる状態だ。


 ハウさんのおかげで、封印を壊されていた状態よりも出力量は少なくなっているみたいだけど……。


 にしたって、私が魔法を使えないのは魔力が全自動で全部、“パンドラ”の死の霧に変換されているからとか、誰が想像できるよ……。


 やっぱり、ラジェに殺しておいてもらうべきだったか……。


「けど、ラジェの言葉を考えると是が非でも殺してくれなかったよな……」


 “好いてる女”か……。


 あんな場面でも、あんな状態でも、好きな相手にプロポーズのような言葉を言われてしまえばうれしくなってしまう私は馬鹿なのだろうか。


 あぁ、思い出したら顔が熱くなってきた。


「ぁ~~~っ!」


 あのときのラジェの表情、言葉、感触、一度どれかを思い出せばフラッシュバックのように全部が思い出された。


 毛布にくるまり、足をばたつかせてベッドの上に悶え転げる。


「あうっ!」


 毛布にくるまってベッドの上で暴れていたせいでコロンッと簡単にベッドから転げ落ちて、背中を軽く打ってしまった。


「あてて……」


 転がったことで体に巻き付いた毛布を剥ぎ取って、ベッドの上に放り投げる。


 はめ殺しになった窓から、空を見上げた。


「嘘じゃなかったんだね」


 思い出すのはいつかの話、少なくとも自分の立場や生まれなんて気にしていないほど幼かった頃の話なのは確実だ。


 確か、あの時は顔を真っ赤にしたラジェが「お嫁さんにしてやる」って言ったんだよね。


 当時の私はひねくれてて、一体何の冗談なのかと思ったんだよ。


 あの時は好きなんて感情をよくわかってなかったけれど、今になってわかることと言えば当時すでにラジェのことが好きだったんだよな……。


 遠い未来、結婚することを約束してラジェは私に赤と青のクリスタルがついた拙い作りのネックレスを渡した。


 あぁ、懐かしい。


 いつの間にかラジェが冷たくなってしまったものだから、ってきり愛想尽かされてしまったのかと思って“嘘つきめ”なんて思っていたが……。


 あぁ、でも、実際はどうなんだろうか?


 あの時の表情も言葉も、感覚も、どれもこれも全て嘘だとは思えなくて、けれども信じ切ることはなぜかできない。


「あの時の言葉は私が殺してと言ったから、とっさに出た言葉だとして……。もう一回、ラジェが私をどう思ってるのか効きたいなぁ……」


 まあ、もう会えないだろうけど。


 誰がこんないつ爆発するかもわからない爆弾みたいな人間に第二王子を近づかせるって言うんだ。


 オリーやグランさんにもあえないだろうな……。


 ため息をはいて空を見上げていると、後ろから扉のきしむ音が聞こえた。

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