37 告白

部屋に入ってきたのは、もう二度と会うことのないと思っていた相手であり、もう一度会いたいと思っていた相手、ラジェだった。


「ラジェ!?なんでここに……」


「ここは王宮の敷地内にある離れだ。俺がいたって何もおかしくないだろ」


「それはそうだけど……」


 いつ暴走するともわからない“パンドラ”の器の元にやってくるなんて、誰にも止められなかったのだろうか……。


「私がここにいる理由は知ってるでしょ?」


「あぁ、知ってる。あのろくでもないフード野郎やブレナが元凶だって言うのにお父様の命令でここに閉じこもってる。何だったらここに閉じこもってるのは本人の意思でもあるから、鍵も何もかかってない離れから脱走もしないセルフ軟禁状態」


「全部知ってるんじゃん……」


 なおさら何でここに来ているのかよくわからないんだけど、私としては会いたかったから嬉しいし、かまわないけど、後からラジェに不都合がないといいな……。


「はぁ、なんでここに来たの?」


「……君に、シェナに伝えることがあるから……」


 そういうラジェはいつになく真剣で、それでいて緊張しているように見えた。


 あぁ、もしや私をどうするかの判断が下ったか。


「まず、お父様……国王が下した判断だが、君を殺すことはしない。これまで通り、王家に忠誠を誓い、国を守るのが役目だそうだ」


 運がよくて監禁、最悪は秘匿処刑だと当たりをつけていたけれど、想定よりも随分と軽い処分だ。


「意外そうだな」


「そりゃ、そうでしょ……。いつ爆発するかもわからない爆弾みたいなものなんだよ?よくて隔離でしょ」


 しかも、今の状態もかなり軽いものだと思っている。


 王宮敷地内に、拘束もせず、自由に出入りできる状態で放置されているのだから。


 この状態もそうなのだが、こんな緩い拘束に対して苦言を呈す者がいないことに対しても困惑しているというのに、まさか更に困惑するようなことを言われるとは……。


「シェナが思う以上に国王、ひいては王家はシェナを信じてるんだ。スラム上がりだとか、“パンドラ”の器だとか、関係ないんだよ。“クルシェナ・ドラベルフは王家を裏切らない”、それは今までのシェナやドラン騎士団が示した行動の結果だ。だから、困惑しなくていい」


「……人、よすぎない?」


「条件付きで復帰を許すって言う話なんだから、人がいいという話でもないだろう」


 ラジェはため息をはいたかと思えば、まっすぐに私を見据える。


「条件を伝える前に、俺個人としてシェナに伝えたいことがある」


 窓枠に浅く腰をかけている私の方へと歩み寄ってくるが、どうにも妙な迫力があって思わず後ずさりしてしまいそうになる。


 ガタンと窓にぶつかって後ろに下がることができず、左右に逃げるにも間に合わなくて、真正面にたったかと思えば、私の右手をとって両手で包み込んだ。


「ラジェ……?」


 いつもと違うラジェの様子に思わず戸惑ってしまう。


「前に言ったよな。“好きだ”って」


 今、その話を持ってくるのか。


 何か、条件と関係があるのかな。


 忘れろとかは、いやだなぁ……。


「改めて、言おうと思って。俺は、シェナのことが好きだ。初めて会ったとき、一目惚れしたんだ。最初に綺麗だと思って、次に可愛いって思った。会いたくて、兄さんに無理を言って舞踏会に連れて行ってもらって、気を引きたくて話しかけて、花畑に誘った」


 顔を赤くしたラジェから視線が外れない、そらせない。


 予想していたものとは違う言葉を言うラジェに私の心臓はバクバクとうるさい音を立てる。


「幼いながらに君にプロポーズをして、魔法で作ったクリスタルを使ったネックレスを指輪の代わりに渡した。あの時、お嫁さんになってくれると言ってくれてすごく嬉しかったんだ」


 ラジェに握られた手が熱い。


 私も何か言わなければいけないけど、一体何を言えばいいのかわからなくて、ただ魚のように口を開けては閉めてを繰り返すことしかできなかった。


「……俺は君に対して酷いことをした。冷たくして、突き放した。理由はきちんとある。今更何をと思っているかもしれない、断ってくれたっていい。嫌いだと言うなら、なるべく……近づかないようにする……」


 私の手を包むラジェの両手が震えている。


 私が黙っていたからだろう。


 拒絶されたのだと思ったラジェは視線を下に落として、手を離そうとした。


「待って!」


 手を離してはダメだと思って、慌ててラジェの両手をつかんで静止する。


 思っていた以上に大きな声が出てしまって、ラジェの肩が飛び跳ねた。


「私、まだ何も言ってないのに、勝手に結論出さないでよ」


「ごめん……」


「いいよ。黙ってた私が悪いんだし」


 どうしよう。


 とっさに手を掴んでしまったけれど、これから先どうするかなんて一つも考えていなかった。


 前々から気になってたこと、聞こう。


「なんで、冷たくなったの?私が何かした?」


「それは……!シェナが悪いんじゃないんだ。俺と一緒になるには、色々と障害があったから。第二王子の俺がシェナと一緒にいようとすれば俺を担ぎ上げようとしている奴らと、兄さん派がシェナを詰めるだろうし、否が応でも次の国王関係のもめ事でシェナが巻き込まれると思ったんだ」


 私は王太子妃の護衛、第二王子のラジェと一緒になるとすればグランさんに国王になってほしい者達からしたら面白くないことだし、下手を打てば第二王子派の間者だと思われてもおかしくない。


 ラジェを担ぎ上げようとしてる者達からしたら王太子妃の護衛がこちらにつくのだから好都合だと考えるだろうし、私を使ってグランさんの失脚をねらうかもしれない。


 高確率で、私が板挟みになる。


「実際、俺が行動を起こす少し前、シェナを利用して兄さんの失脚、俺を担ぎ上げようとした奴らがいたから……。あの時はドラゴノフさんがいたから未遂で終わったんだけどね」


 そんなことが……。


 そういえば、数年前に私に妙に絡んできてた伯爵が謀反を企てたとかで爵位を取り上げられて牢屋に放り込まれたことがあったけど、ラジェが言ってるのってその人のこと?


「シェナとオリーさんを引き離すような真似はしたくなかった。俺を担ぎ上げようとしている奴らに利用価値のない存在だと認識されようとしたんだ。でも、またシェナを利用しようとするやつが現れない保証もないし、目的を達成するまでは悟られたらダメだと思って、冷たくしてた」


「理由を言えばよかったじゃん」


「疑心暗鬼になってほしくなかったし、俺のせいで負担をかけたくなくて……。すぐに終わるって過信してたのもあって、ズルズルと……今まで言わずに、ごめん」


 ラジェに冷たくされて悲しかったし、怒ってもいたけれど、まさか行動の理由が全部私だったなんて知ったら怒れないじゃないか。


「今は?」


「え?」


「今は、もう大丈夫なの?」


「あ、うん。俺のことを担ぎ上げようとする動きは見えなくなったし、少し前に兄さんが国王になったら俺も大臣になることが決まったから。何より、みんなの前で王位継承権を破棄したって言ったから」


「え?マジで言ってるの?国王は!?」


「許可をもらってなきゃ言ってないから、正式に表沙汰になるのはもう少し後だったんだけど……。シェナと一緒にいれるなら、これくらいわけないし」


 ラジェの発言に唖然としてしまう。


「理由があっても許されないと思ってる。泣いてたのも、知ってるから……」


 知ってたの……。


「ねぇ、ラジェ」


「なに?」


「私は__」


 __一緒にいれない、と続けようとしたらラジェに口を押さえられてしまった。


「器のこととか、立場とか、気にしないで本心を話して。俺のことが嫌いでもいい、ふってくれてもいい。傲慢なのも、最低なのも、いつまでも本音ばっかじゃいれないのも自覚してる。でも、今は、今だけは本音を聞かせて」


 ラジェの言葉に迷ったのは一瞬だけだった。


「許さない」


 声が震えて、涙がこぼれる。


「そっか……」


 私に許さないと告げられたラジェは今にも泣きそうな、それでも納得したような表情でうなずいた。


「絶対、許さないから……。だから責任とって、ずっと私と一緒にいてよ。好き、好きだよ、ラジェ。あの日から、ずっと好き、私をラジェのお嫁さんにして?」


 どれだけ冷たくされようが、どれほど時間がたとうが好きで好きで仕方がなかった相手と両思いだってわかったのだ。


 嬉しくて仕方がなくて、涙が止まらない。


「……いいの?」


「うん!」


 許さないの後にこんなことを言われるなんて予想外だったのだろう、ポカンとした表情になったと思えば心底嬉しそうな表情に変わって、力いっぱい私のことを抱きしめた。


「昔から、ずっとアナタだけを愛しています。ラジェ」


「俺も……昔から、ずっとアナタだけを愛しています。シェナ」


 力強く抱き締められて体が痛いけれど、それ以上に嬉しかった。

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