32 夢に縋る
暗闇の中に音が響く。
明かりをつけたはずなのに一メートル先も見えないのは黒い霧がこの先から湧き出ているのが原因だろう。
「ここ、大分放置されていたはずなのに妙に綺麗だな……」
埃はかぶっているものの、一部は無くなっていることから最近ここに人が出入りしていたのが見て取れた。
ここに出入りしていたのは“それ”とブレナだろうか。
二人が手を組んでいる確証は無いけれど、現状を見るに協力関係である可能性が高いだろうな。
面倒な連中が手を組んだものだ。
無意識ながらため息をはいたとき、うめき声が聞こえたような気がした。
……どうも、そのうめき声がシェナの声に似ている気がして仕方が無い。
「うぅ……。ぁ……」
先に進むごとに声は大きくなっていき、嫌な予感が消えるどころか色濃くなっていく。
いつの間にか駆け足で階段を降りていき、時に焦りのあまり躓いてこけてしまいそうになったりもしたがなんとか階段を降りきった。
蹴破る勢いで木の扉を開けると、そこには渦巻く黒い霧の塊があった。
その中心をよくよく見てみると、そこにいたのは苦悶の表情をしたシェナだった。
「クルシェナ!」
苦しそうな、うつろな目をしたシェナを見た瞬間、一にも二にも無く駆けだした。
どこからか流れ込んできた水が跳ね上がる。
シェナが寝転がされている魔方陣に近づけば近づくほどに、まるで俺に近づくなと行って威嚇するかのように突風が吹く。
地下だというのに、ある程度体を鍛えている成人男性が吹き飛ばされそうな風圧だ。
風に魔力でも乗っているのだろうか、魔法が乱されて少しでも気を抜けば身を守るための鎧同然の“インバース”が解けて死の霧に触れてしまいそうになる。
不可思議な突風にさらされながらも、なんとかギリギリで耐えていた。
違和感を感じたが、それを気にしている余裕は今は無かった。
「クルシェナ!俺だ、ラジェだ!」
反応が返ってこないことに焦りを覚える。
頭に先生の言葉がよぎっていた。
魂が壊されるかもしれないと、廃人同然になるかもしれないと、その言葉が頭から消えない。
「ぐっ!」
ついには風圧に耐えられなくなり、立っていることもままならなくなり、吹き飛ばされないようにしゃがみ込むほか無くなってしまった。
このままではシェナの救出どころか、近づくことすらできない。
魔法を使おうにも“インバース”を保つのに精一杯で他の魔法は使えない。
魔法が使えないから、死に物狂いで手を伸ばすしかなかった、名を呼ぶしかなかった。
「シェナ!」
ピタリ__
風が止んだ。
理由はわからないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
なりふり構わずに、すべての元凶の一つである魔方陣に魔力を流し込む。
本当ならきちんとした手順を踏んで魔方陣の無効化をしたいところだが、いつ吹き出すかもわからない厄介な風や死の霧がどこまで進んでいるかと言う問題がある以上、時間のかかることはできなかった。
随分と強引な方法になってしまうが、魔方陣を本来とは真逆の方法で動かして恋わずのが手っ取り早い。
魔方陣の影響下にいるシェナに飛び火がないように細心の注意を払っての作業だった。
その間、たったの一分。
パキリ、パキン__
陶器が割れるような音と似た音が二つほど洞窟の中に響いたかと思えば、魔方陣は砕け散り跡形もなく消えてしまった。
周囲に漂っていた死の霧が薄くなり、息がしやすくなった。
体を引きずり、シェナの四肢を縛り上げる鎖を魔法で破壊する。
もしかしたらシェナが目を覚まさないかもしれないという最悪を想像しつつも、シェナの側によって名前を呼んでみれば、うっすらと目を開けた。
「ラジェ……?」
「シェナ……。よかった!」
安堵からくる涙を拭う気力もなかった。
シェナ視点
何が起こっているのか、いまいち把握ができない。
私の記憶が正しければ、目が見えなくなる魔法をかけられている状態で“パンドラ”復活の生け贄にされるところだったはずなのに、体が楽になったかと思えば正面にはボロボロになって泣きながら、こちらをのぞき込んでくるラジェがいた。
助けに、来てくれたのだろうか?
苦痛から解放されたばかりの頭はぼんやりとしていて、普段なら簡単に思いつくだろう答えにすら早々にたどり着けない。
「なんで……?」
「なんでもだっても……。シェナが苦しんでるって知って、死ぬかもしれないって知って……いてもたってもいられずに助けに来たんだよ。どこか、体の不調はない?うまくやったつもり何だけど、ちょっと強引な方法を使ったから……」
「大丈夫、すごい疲れたし、体はだるいけど痛いところはないよ」
盛られていた毒は寝ている間に効果を失ってしまったんだろう。
「よかった……」
段々と頭がはっきりしていくのを感じると同時に、今の状態を理解してきた。
言っていいのだろうか?言った方がいいのだろうか?
……覚悟を、決めなければならない。
「ラジェ、助けに来てくれたところ悪いんだけど__私を殺して」
助けてもらった手前、こんなことを言うのは申し訳ないが、この選択が最善だろうと思って言葉を発した。
「は?」
唖然、呆然、ラジェはそんな言葉が似合うような表情になったかと思えば寝転がったままの私を抱き起こして、いささか怒りにゆがんだ顔で淡々となぜそんなことを言ったのか聞いてきた。
「なんで、そのふざけたお願い事をすることになったのか聞かせてくれるな?」
ラジェの表情は少し怖かったけれど、見ないふりをすることにした。
「“パンドラ”は厄災、封印が解けてしまえばたちまち多くの人が死ぬ代物だ。今まではおとぎ話だからよかったものの、それが実在しているとなれば話は違う」
「……で?」
「……私の存在が世間に知られればアニエス王国は孤立するに決まっている、それどころかあちこちから戦争や患者が来たっておかしくないだろう。それに、仮に私が他国に渡ったとしたら、今みたいなことにならない保証はないんだよ」
私の体を支えるラジェの手に段々と力が入ってきて、眉間にしわができてしまう。
「アニエス王国からしても、よその国からしても、私は脅威なんだよ。いるだけで厄介事とを引き起こす。だから、いない方がいいんだ。いない方がアニエス王国のためにもなるし、皆のためにもなるから__んっ!?」
殺してよ、そう言おうとしたとき、ラジェに__キスで口を塞がれた。
「……え?」
今、何をされた?
顔が熱いうえに理解の追いつかないままに、見下ろしてくるラジェの顔を呆けつつも見つめる。
「言いたいことは理解した。王族としては、シェナのように判断する方がいいんだろうって事もわかってる。けど、ちょっと黙っててくれ」
「な、なに、なにを……!?」
「制止を振り切って一人でここに来たのだって、その判断を拒むのだって俺個人の思いが原因だ。誰が、誰が好きになった女を見殺しにできるんだよ……」
「……え?」
“好きになった女”?
「悪いけど、そんな風に死んだ方がいいんじゃないかって言うくらいならば、俺だけのために生きて」
カァッと顔が、それどころか体全体に熱が暑くなっていくのを感じる。
絶対に真っ赤になっている。
というか、なに?どういうことなの?
好き?好きって私を?じゃ、じゃあなんであんなに冷たかったの?
ていうか__
「な、ん……。そ、その、プロポーズ、みたいな……」
私の発言で自分が言っていることを理解したのか、ラジェの頬が朱色に染まる。
「ソ、ノ……それは、今度」
こん、今度?
「って!それどころじゃない!早くここから出て、国に戻ろう。被害はそこまで出てないし、知ってる人も少ないから、君を責める人はいない。帰らない方が、駄目だよ……」
言葉を続けるごとに尻すぼみになっていき、最後の方なんかは涙目になっていた。
こんなに表情がコロコロと変わるのを見たのは子供の頃以来なんじゃないだろうか、なんてのんきなことを思いつつラジェに抱えられ外に向かっていくのを制止する声も出せないのは変なことを言ったラジェのせいだ。
覚悟はまだあるけど、それよりも一瞬だけ見た“夢”に縋りたくなってしまった。
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