31 暗闇の先へ

「な、なんで……!?」


 まさか先生がここに来ているだとは思わず、唖然としてしまう。


「はぁ……。元々、活発になった魔獣の相手をしてたんだけどね。大っ嫌いで最悪な気配が古城の方に現れたものだから慌ててきたんだよ。急いで魔獣の処理をしてきたから、ちょっと怪我したけどね」


「人間の血が入っているというのに、相も変わらず化け物だな。お前らは……。前の倍の量を送れば、さすがに死ぬと思ったんだけど見通しが甘かったかな」


「古城方面にいる魔獣をすべてさせ向けてきたくせに何を……。騎士団やグラン君、オリーさんやラジヴィウ家の人達がいたからどうにかなったものの、あの人達がいなかったら国が滅んでたかもしれないんだぞ!」


「だから何?天敵を殺すのに、そんなの気にする分けないでしょ。それに、ほとんどお前が無効化しただろ?」


 先生の言葉にスゥッと血の気が引いた。


 俺が国を飛び出して古城に向かってから数時間が経過していたが、そんな事態になっているとは予想だにもしなかった。


 死の霧の影響で軒並み、ここら一帯に住む生き物が逃げて異様なまでに静かだったはずなのに全く気がつかなかった。


 それどころか、国を滅ぼすかもしれない量の魔獣を無効化?


 先生は、一体何を……。


「外道め……」


「人間じゃ無いからね。魔族でもエルフでもないし。それよりも、お前達は相変わらずきしょくの悪い呪いをまとっているんだな。お前という存在自体が認識できず、靄がかっている。そのせいで天敵であるお前らを探せない」


「お前をこの世から消すまで一族が滅亡しないための対策だからな。そもそも、これは呪いでは無く加護だから」


 双方、どうやら知り合いではないもののお互いのことを知っているらしい。


 会話の内容を理解することはできないものの、お互いに敵対しており、因縁は一族単位にまであると言うことだけはわかった。


 会話の間、なおも止まらない先生の白い魔法と、“それ”の黒い魔法の応酬。


 多くの魔法を学んできたという自負がある俺ですら知らない魔法が連発されていることに頭を抱えたくなった。


 そりゃそうだ、魔導師の中でも上澄み同士が戦っているのだ。


「まったく、両親から聞いたとおりに話が通じない生き物だな。クルシェナさんを帰してもらうぞ!」


「いやだね。“パンドラ”を現世に戻すんだから」


 実力はお互いに似ているのか、どちらも引くことも無ければ進むことも無かった。


 いや、もしかすると先生の方が少しばかり弱いのかもしれない。


 古城へと少しでも近づこうとするそぶりを見せるものの、そのたびに“それ”に阻止されてしまっているように見えた。


 その一方で俺は激しい攻防戦に巻き込まれないように防衛魔法を張り、動く機会をうかがっていた。


「チッ!」


 いままで見たことも無い先生の冷たい表情に、聞いたことも無い先生の舌打ちに肩をびくつかせる。


 普段から優しく、羽毛のようなふわふわとした雰囲気である先生が今のような、今のような険悪で不快感を隠しもしないような表情に舌打ちをしているなんて想像できなかったからだ。


 こんなに露骨に態度が変わるほどなんて、“それ”は一体何をしたと言うんだ……。


 いや、そんなことはどうでもいい。


 どうにか先に進んでシェナのどころにまで行かないといけない。


 けど、先生と“それ”の魔法のぶつかり合いは過激さも、攻撃の激しさも、魔法の数も時間が過ぎていくごとに増していく。


「こんなの、どうしろっていうんだ……。天災に会ったも同義のそれだろうに……」


 命の危機を感じつつも様子をうかがっていると戦っているはずの先生と目が合った。


 その瞬間、先生の表情がいつもの優しいものに変わった。


「行っておいで」


 魔法同士がぶつかり合う音、爆発音、落雷の音、戦闘が始まるまでは何の音も無かったはずの森に色々な轟音が混じり合っているはずなのに、先生の優しげな声が聞こえた気がした。


 そして先生が魔法を放ったかと思えばオーロラのような、光の壁ができあがり、“それ”の視界を遮った。


 どうも、見たところ、その光の壁は攻撃魔法でありながら防衛魔法でもあるもののようだ。


 きっと先生が俺のために作ってくれたチャンスだろう、それを無駄にするわけにはいかない。


 防衛魔法を解除し、怪我をするのも覚悟で激しい戦闘が行われている光の壁のそばを走り抜ける。


 先生との戦闘に集中しているのと、光の壁に視界を遮られているからだろう。


 “それ”からの追撃も追走も無かったのに気がついたときは胸をなで下ろした。


 息を切らして、体中傷だらけのままで、どうにか死の霧手前までたどり着けた。


「これが、死の霧……」


 黒い霧が目の前にあふれて広がっている。


 逃げ遅れてしまったのだろう動物が地面に倒れ伏せ、目から光を失っている。


 息を飲み込んで、死の霧を見る。


 段段と広がってきている霧が近づくたびに、全身の毛が逆立つような感覚になり、本能が頭が痛いくらいに霧に近づくなと叫ぶ。


「この中に、シェナが……。なにもないといいけど……」


 こんな恐ろしいものの中にいるシェナが心配になる。


 怖がる自分に言い聞かせるように言葉を絞り出す。


 深呼吸をして、頭を振って頭から恐怖を追い出す。


 杖を構えて、魔力を練り上げる。


 今から使う魔法は俺が作った、ただ一つの魔法、自己魔法だ。


 似たような効果の魔法が無いとも言い切れないけれど、仮に類似したものがあるとしてもその数はとても少ないだろう。


 その魔法が、この霧に効くかどうかの確信は無いが、効けば無効化できる。


 駄目だったときは……そこの動物のように死ぬだけだ。


「“インバース”……!」


 広がある黒い霧の色が変わっていき、霧の一部、真正面の部分だけ白い霧へと変わっていった。


「成功だな……」


 第一の難関を突破できたことに深く息を吐く。


 黒い部分は未だに体がビリビリとするぐらい危ないものだとわかるが、白い部分は……なんというか真逆である。


 むしろ引き寄せられるような感覚すらある。


「これはこれで危ないかもしれないな……」


 まぁ、そんなことを言っている暇もあるまい。


 適当に掴んだ木の枝を白い霧の中に放り込んでみると、枯れるどころか一枚もついていなかったはずの葉が生えてきているではないか。


「“平等に死を与える”から“平等に生を与える”に反転したのか。強力な力は反転しても強力だな」


 安全を確認して、白い霧の部分から先に進んでいく。


 俺の作った魔法、“インバース”は魔法をかけた対象を反転させる効果を持つ魔法だ。


 それが魔法であっても、毒であっても、自然現象で合っても反転させてしまう、自分で言うのは少しアレなのだが強力な魔法だ。


 だから大量の魔力を消費することになるし、乱発することもできない。


 今回は補助用の魔導具があるけれど、どこまでインバースが使い続けることができるのかはわからないから早く古城まで行ってシェナのところに行かないといけない。


 白くなる範囲は人一人が通れる程度だ。


 ここに来るまで大分時間がかかっていたこともあり、死の霧は広範囲に広がってしまっている。


 アニエス王国やどこぞの国に影響が出ているわけでは無いが、本当に時間の問題だろう。

 古城までの道は妨害などは無く、死の霧の効果を考えると設置することはできなかったんだろう。


 妨害が無いことで、さっきまでとは段違いの速度で古城にたどり着くことができた。


 古城場一階部分以外はほとんど崩れてしまっており、原形をとどめていなかった。


 屋根が無い部屋もあれば、完全に瓦礫に埋もれてしまい部屋としての意味を旗なさい場所もある。


 シェナを探し歩き、ふと古城に関する情報を思い出した。


 かろうじて残っていた古城の地下室には強い呪いをかけられていた痕跡があったという話だ。


 一縷の望みに欠けて地下を探すことにしてみれば意外と簡単に見つかった。


 経年劣化だろうか、階段のいくつかが抜け落ちてしまっており、気を抜けば小さな落とし穴のような働きをしそうだ。


 階段を降りていった先にあったのは呪われたと言われるのにふさわしいまがまがしい雰囲気を放つ扉だった。


 扉を開けようにも呪いの影響なのか、開かない。


「シェナ!」


 ひとまず名前を呼んでみると、小さな音が聞こえた。


 この先に、シェナがいる。


 扉の呪いも湖の底にあった古い形式の魔方陣と同じように古い形式のものであり、この呪いを解呪するには時間が足りない。


「……しかたないか。“インバース”」


 時間が無いことから自己魔法を扉に使えば、あっさりと開くようになった。


 扉の向こうは途方もない暗闇が広がっており、少し先の道すらも見えなかった。


 杖の先に光をともし、暗い闇の中に入った。

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