33 冷や汗
地上への階段を上りきったあたりでラジェに抱えられていることが恥ずかしくなり、少しばかり暴れてなんとか下ろしてもらおうとしたのだが、私が今まともに歩けないのを見抜かれて理由に断られてしまった。
それでもごねて、なんとか抱える状態から肩を貸す状態に変えてもらった。
古城から出て森の中を進んでいく。
見える限りにあるものはすべて枯れ果て、死に絶えていた。
ラジェの爆弾発言で浮かれていた頭が一瞬にして現実に引き戻され、冷たいものが背中を撫でた。
「先生とドラン騎士団のみんなも迎えに来てるから、変なこと考えてないで帰ったときの台詞でも考えておきなよ」
「……うん」
「あと、ブレナ・リーダスを殴る準備もしといた方がいいんじゃない?騎士団、ブレナ・リーダの相手してるはずだから」
「ふふ、そうした方が良さそうだね」
まるで自分の思考を読んだかのような発言に一瞬だけ固まってしまい、返事を返すのが遅れた。
肩を貸された状態で進むこと十数分程度、開けた場所……というか、明らかに戦闘しましたっていう跡が残った場所に出た。
「ひどい有様だな……。古城を出たときから静かだったから戦いは終わっていると思っていたけれど、ただの森の開けた場所がこうも荒れることになるとは、先生は大丈夫なのか?」
「何かと戦ってたの?あの人が並大抵の相手と戦って、死んでるとは思えないけど……」
「あれは“恐怖”そのものといってもいいかもしれない。先生が来なければ殺されていた」
“恐怖”そのものって、もしかして私が古城にいたときに先祖のこととか、いろいろ話していたやつと同一人物なのかもしれない。
あれと戦ったとは、死んでいるとは思えないけれど、ハウさんでもタダではすんでいないかも……。
「探そう」
「いいの?しんどいのに」
「ハウさんが見つからないままの方が嫌だよ」
「……わかった」
激しい戦闘で荒れた場所を歩いているとボロボロになった毛玉、もといハウさんを見つけることができた。
見たところずいぶんとボロボロだが致命傷になり得る傷は見当たらない、怪我の多さとボロボロ具合が見合わないことから魔法で怪我を治したんだろう。
「二人とも……。生きてて、よかった」
「それはこっちの台詞ですよ、先生。……ここにいるのは先生だけですよね?」
「そうだよ。黒い霧がなくなった瞬間、つまらなさそうにどこかに消えてしまったんだ。体力も魔力も使い切って追いかけることもできなくて、君たちの方にいったんじゃないかって心配してたんだよ」
少し休めたから言うほどでもないんだけどね、と付け足したハウさんだが、その表情には明らかに疲労の色が見てとれた。
「私たちならこの通りですので安心してください。それよりも、騎士団たちの方にいっていないかが気になりますね……」
「体が頑丈なシェナがまともに動けなくなってる上に、変な魔法をかけられてたのにどこが安心できるんだよ……。先生、見てやってください」
「え?いや、いいから。それよりも早く、騎士団のところにいこう?ハウさんだって疲れてるんだし、無理させるわけにはいかないよ」
そもそも、騎士団がブレナと戦っているんだし、森沿いの町や村も危ない状態だというのだから私を見るよりも先に進んだ方がいいと言ったのだが、研究者としての側面も持つ頭脳労働が得である二人に、とりわけ頭がいいというわけでもない私が勝てるわけもなかった。
私がボロボロの状態だと騎士団ん、ひいては森沿いの町や村で戦っている者達の士気に影響するだとか、間違いなくオリーやカフ達にに怒られることになるだとか、そもそも変な魔法がかかっていると私や周りが危険だとか……。
こう、いろいろと言われてしまっては拒否することもできなかったのだ。
結果的に言えば、死の霧もといパンドラを封印している魔法結界が一度開いたことで緩んでいるのがわかったのだが、これに関しては謎の技術過ぎて、すぐにどうこうできる話ではないらしい。
「まぁ、意図的に引き出そうとしたりしない限りは、あの霧が漏れることはないと思うから大丈夫だと思う。けど、十分注意はすることだね」
「わかりました……」
正直、気が気じゃないんだけど……。
そう言っているわけにもいかず、ラジェが騎士団と分かれた地点にまで向かうこととなった。
ここから騎士団の元まではいささか離れているらしく、少し時間がかかりつつも騎士団の元にたどり着いた。
視界に広がった光景に言葉が詰まる。
地面に倒れ伏す騎士団の面々、辛うじてたっているのはボロボロで血まみれのカンネとブレナと剣を交えてるカフだけだった。
私たちがいることに気がついたブレナは不愉快そうに顔をしかめ、カフやカンネは喜色満面の笑みとなる。
「……」
私が鍛えた騎士達が一人の裏切り者相手にほとんど倒されることになるなんて……。
しかも、ブレナは手加減をしていたのか、今のところ命を落としている者はいないように見える。
「ちょっ、シェナ!」
肩を貸してくれているラジェから離れて、地面に転がっている槍を手に取りブレナの元に進んでいく。
「団長としてケリつけてくるから、治療してあげて。ハウさんも、お願いします」
「……はぁ、わかったよ」
「先生も止めてくださいよ!病み上がりも同然なんですよ!」
「僕らが止めて止まるようなら最初から「ケリをつける」なんて言わないの、君の方がよくわかっているだろう?それに、荒れに逃げられた以上、ブレナは捕まえないといけないわけだし」
「うぅ……」
いささか体は不調であるが許容範囲なのものであるから槍を持ち直し、ブレナへ攻撃を仕掛けるタイミングをはかる。
何も考えずに飛び込んでしまえばブレナと剣を交えているカフを巻き込んでしまうかもしれない。
冷静に戦局を見極め、ブレナとカフの間に距離ができた瞬間、地面を蹴り上げて部レナに向かって思い切り槍を振り抜く。
刃と刃がぶつかり合い、火花が散る。
「おとなしく、死んでいればいいものを……」
「そうした方がいいと思ったんだけど、私が騎士だから王族の命令には軽率に逆らえないんだよ」
まぁ、命令とは少しばかり違うものだったんだけれども。
「ともかく、あんた達が自分の作戦にあぐらをかいてくれてて助かったよ。どうせ、殺さなくても行動不能にすればいいとか思ってたんでしょ?」
「ご名答、おじさんがドラン騎士団の生死なんてどうでもいいし、目的を完遂できればよかったからね。行動不能にして、時間を稼いでいればいずれは黒きりに飲まれて死ぬだろうと思ってたのよ。黒い霧が近づいてきてても逃げ切る算段はあったからね」
「のわりには、作戦は失敗して私に攻撃されてるけど逃げなくていいわけ?」
「……目的達成できない能無しはいらないんでしょ」
幹部をも見捨てるとは、協力関係ではあるけれど味方というわけではないのか。
運が悪いことだと思いつつも、攻撃の手を緩めることはなかった。
険を受け止め、槍を振り回し、蹴りを入れて、投げられた短剣をかわす。
騎士団の者達と連戦をしていたことから疲れは見えるものの、焦りや悔しさといった感情が見えることはなかった。
どうも、初めからこうなることはわかっていたらしい。
それはそれで組織としてどうなんだか……。
「チッ、本当に疲れてる人間かよ……」
「だてにうん百年生きてねえんだよ。ぽっと出の最強に易々と負けてたまるか、っよ!」
険で絡め取られてしまい、槍は私の手元から離れて空に飛んでいってしまった。
武器がなくなった状態を見逃すわけもなく、ブレナの持つ剣が私に向かって振り下ろされる。
「ボス!」
「団長!」
ブォンという風を切る音と共に、カンネと団員の私を呼ぶ声が聞こえた。
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