25 儀式

シェナ視点


気を失ってから、いったいどれ程の時間が立ったのだろうか。


 ブレナは近くにはいないようだが辺り一帯が真っ暗で迂闊に動ける状態ではなかった。


 四肢を動かす度に鎖が揺れ動く音が聞こえてくること、体が縛られてろくに動かせないことを考えると鎖で縛られているのだろう。


 私が寝かされているところは何ともないが、鎖が揺れる度にチャポチャポと水の揺れる音が聞こえてくるから近くに水溜まりかなにかがあるんだろう。


 音の反響具合からして、場所は地下だろうか?


 地下だから暗い……?


 いや、鎖なんかの拘束具があるから人の出入り事態はあるはず……。


 目隠しされているような感覚はないし……。


「それ以前に、ここはどこなんだ……?」


 風邪は吹かないし、音の反響具合からして地下だとかってに判断したけど、これもあっているかどうかは微妙なところがある。


 体調不良が治っているから寝ていたのは数時間程度じゃすんでいなさそうだし、結構な距離を運ばれていそうだ。


 これは、アニエス王国の者達が私を探したとしても見つかるまではだいぶん時間がかかりそうだな。


 それどころか、見つけられないまであるかもしれない……。


 とりあえず、手足についてる鎖をどうにか外して脱出しないと先には進めないな。


 ガシャン!!__


 無謀にも鎖を引きちぎろうと思って、力いっぱい引っ張ってみても鎖が音を立てるだけだった。


 流石にそこまでの怪力はないし、それを実現する魔法も使えないから無理があるか……。


 魔法は使えないし、ピッキングも両手を縛られてるから使えないしな。


「チッ……」


 どうしたものか……。


 考えているとカツンッと辺り一帯に足音が響き渡った。


 その足音はだんだんと近づいてくる。


「やぁ、やぁ、やぁ」


 近所にいる子供に声をかけるがごとく、気楽に声をかけてきたのは裏切り者だ。


「……ブレナ・リーダスか」


「正解。声だけでよくわかったな」


「あいにくと、目も耳もいい方なんだよ」


「そうかい。目を封じたのは正解だったな」


 なにか知ってる様子だが視界のせいで、その表情は見えない。


「ふふ、俺もそれなりに魔法が使えてな。まぁ、大がかりなのは無理なんだが……」


 あー、うん。なるほど。


 視界が暗いのは、私の目が見えていないのは暗闇だからだとか目を塞がれているからじゃない。


 ブレナの使っている魔法で視界を奪われているのだ。


 また、面倒なことに……。


 大剣さえ持っていれば、こんな魔法にかかることなんてなかったのに……。


「私をこんな風に拘束して、いったい何をするきだ?あいにくと、痛みには強いぞ」


「拷問目的じゃねえよ。騎士団団長様は物騒だな……。まあ、確かに痛みが伴わねえと言えば嘘にはなるかも知れねえけどよ」


「じゃあ、なにをする気だ?」


 情報を聞き出すための拷問じゃないってんなら一体何をするきなんだ?


 わざわざ国から狙われるような真似をしてまで私を誘拐する理由……。


「お?殺す気かとか聞かないんだな?」


「殺すきだったら私を囲んだ時点で滅多打ちにしておけばよかっただろう。それに、殺気が駄々漏れだったら私は共倒れの覚悟で殴ってるね」


「ほんとに物騒だな……。合ってるんだけどよ」


 あの状態の私と、あの人数、恐らくは相討ちといったところか……。


 まぁ、私に止めを指す前に音を聞き付けてやってきや国軍の兵士達がやって来るだろうけどね。


「さらってきた理由な。俺の目的の達成のため、その目的がアンタを使って儀式をするためだ」


「儀式?」


 ……。


 やっぱり、特段なにもないように見えても邪神教に足突っ込んでることってあるんだな。


「なんか不名誉な勘違いされた気もするけど、めんどくせぇから無視するぞ。冥途の土産にどんな儀式をするか教えてやるよ」


 ブレナは私の回りを歩いているんだろうが、目が見えないせいで正確な位置がつかめない。


 なにか石と石がぶつかるような音が定期的にすることから、儀式のための準備を始めているところだろうか。


「ここはどこだか、見えないから分からないだろうな。簡単に言ってしまえば、これからやる儀式のための場所だな」


 今度は軽い音がする。


「もう分かってるかもしれないが、ここは地下だ。脱出されるとめんどいから、これ以上の情報はやらねえからな」


 次は風をきる、杖を振るう音。


「それで、クルシェナ殿を使って何をしようって言うとだ。“パンドラ”を復活させるんだよ」


 “パンドラ”。


 その言葉に頭が真っ白になってしまう。


 私の解釈が間違っていないのならば、ブレナの言ってる“パンドラ”と言うのは大昔の厄災のことだと思うのだが……。


 それを復活させる?


「な、何を考えてるんだ!超大国を一夜にして滅ぼすような代物だぞ!」


「知ってるよ。何に使うかは知らないが、これも命令でね。大事な船長を取り戻すためにも、俺は逆らえないわけだ」


 この物言い、黒幕はブレナの後ろにいる誰かと言ったところだろうが、一体何を考えているんだ?


「特に聞いてないけど、もしかすると近々天敵と戦う予定があるらしいから、天敵用に復活させたいんじゃないの?」


「そんな軽い調子で言って、何をしようとしているのか理解しているのか?」


「しているよ。アンタの精神を殺して、アニエス王国や周辺諸国の連中を殺すんだから」


「は?」


 いや、いやいやいや、儀式に使われる私が死ぬのは理解できるがアニエス王国や周辺諸国の者達が死ぬ?


 こいつ、言った何を言っているんだ?


「“パンドラ”は作ったもの以外だと制御が聞かないらしいからな、復活させたら、その後は放置だ。“あのヤロウ”が回収に来るまではな。発動してすぐは効果範囲、凄まじいらしいぞ?」


 ペラペラとよく喋ってくれるものだが、そんな記述が見つかったと言う話はひとつ足りとも聞いたことがないし見たこともない。


 となれば、独自の情報網か。


「で、“パンドラ”を復活させるのに必要なのは器だ。どっかの緑ヤローどもが言ってただろ?“二色の宝石をまとった器”ってな」


「確かに言っていたが……」


「あれ、クルシェナ殿のことだ」


「……冗談、ではないな」


「当たり前だろ」


 声色は真剣なものだから、恐らくは嘘はついていないだろう。


 私が“パンドラ”の器?


 一体全体どんな偶然だって言うんだ……。


「言葉の意味分かるか?“二色の宝石をまとった器”って言うのは、オッドアイのことを言ってるんだ」


 オッドアイは左右で色の違う目のことだ。


 私の目も赤と青で、左右で色が違う。


「いやぁ、“パンドラ”を復活させるってなって一体何年待ったことか……。アンタが生まれてくれてよかったよ」


「先に死んどいてくれればよかったのに……」


「無理無理、俺人間だけどいじられてっから長寿種レベルで長生きになってんの。誰も望んでないってのにな」


 ブレナがどこにいるか分からないが、声のする方向をおっもいきり睨み付ければ小さい笑いが声が聞こえてきた。


「そんなに睨んでもどうにもならないぜ」


「……ひとつ聞く」


「なんだ?」


「ブレナ・リーダスは、功績を認められてスカウトと言う形で国軍に所属することになったと記憶している。もしや、アンタが解決した事件もなにか細工があるのか?」


 訪れるのは沈黙、そして笑い声だった。


「あっはは、それも正解。自作自演って言葉、知ってる?いやあ、自分でやって自分で解決するものだから全部とんとん拍子で行ってな。あっさりと国軍から話が来たものだからびびったわ」


 ブレナが解決した事件には誘拐事件や殺人事件もあったはずだ。


 それを自作自演したってことは、ろくでもない目的のために……。


「さて、そろそろ時間だな。じゃあ、せいぜい早めに諦めることだ」


「は?待て、まだ__」


 空気がはりつめ、声が出せなくなる。


 ブレナが詠唱を始めたとたん、空気が重々しいものになり冷や汗が流れる。


 この空気、この匂い、私は知っている。


 これは戦場の、死の匂いだ。


 だんだんと息ができなくなっていき、喉がヒューヒューと音を立てる。


 肺が圧迫されているような感覚になり、腹も苦しくなってくる。


 冷たい空気が這い出てきては亡者の嘆きが耳をつんざく。


 フラッシュバックするのはスラムや戦争、今まで見てきた死の数々だった。


 痛む頭にガンガンと響くのは死者の声。


「これより顕現するのは死の国の王である。死の権化、終わりの化身。目覚めよ

、“パンドラ”」


 次の瞬間、内蔵がかき回されるかのような、血反吐をはいてもおかしくないような苦痛が襲ってきた。


「ガァッ!」


 今までおってきたどんな怪我よりも痛む、それはグルグルと腹の中で回り続ける。


「おぉ、怖……。んじゃあ、また今度。まぁ、次に会う時は廃人同然だろうけど」


 私の頭がブレナの言葉を処理する前に痛みで埋め尽くされる。


 体が痛みによって痙攣を起こすが鎖を鳴らし、水を揺らすだけになる。


 冷たい空気が増していくなか、小さな私が助けを呼んだ。


「助けて、ラジェ……」

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