26 準備

ラジェ視点


「シェナ?」


「どうしたの?ラジェ」


「あ、いや、なんでもない」


 今、シェナに呼ばれたような気がしたんだけど、気のせいなのか?


 先生は予想通りに資料室におり、さっきの地震で崩れてきた資料の山に埋もれていた。


 慌てて紙の山をひっくり返し、目を回していた先生を引きずり出した。


 そこから現状を説明、といっても説明することなんてほとんどないし、先生は先生でどこからか情報を得ているのか俺の知らないことも知っているようだ。


 兄さんの部屋に急いでいく途中に何度か小さい地震があったものの、最初のときほどの地震はなかった。


「カフ、目覚めて早々で悪いが話してもらおうか」


「勿論、まずこちらを」


 そういってカフが取り出しのはバルドーナ家で見つかった、禁書指定されている“パンドラ”の一族について、と表紙にかかれている本とバルドーナ家当主の日記だった。


「許可は国王に事情を説明してもらってきたので気にしないでください。端的に申せば、シェナ様は生まれる以前から、その命を狙われていました」


 眉間にシワが寄る。


 あの第三王女が行っていたシェナはバルドーナ家の人間であると言うことが本当ならば貴族であるがゆえに命を狙われるのはある程度は分かるが……。


 生まれる前から命を狙われていたって、それとは訳が違うだろうと言うのは想定できた。


「待って、カフ。その前に聞くんだけど、シェナがバルドーナ家の人間って言うのはあっているの?ブーティカが言っていたのだけれど……」


「あっておりますが、どこからそれが……。いえ、気にしてる場合ではありませんね。シェナ様はバルドーナ家の一人娘にございます。現在表にでいているクルシェナ・バルドーナは私の姉のカルメンです」


 影武者、ということか?


「ある事情により、私達は捨てられた。もとい、逃がされたんです。命を狙っているのは黒いマントの邪神教達で、旦那様の日記によればシェナ様が生まれてすぐの頃から引き渡すように迫られていたそうです」


 黒いマント……。


 兄さんから聞いた情報だけど、たしか“パンドラ”の噂を流している主犯だったか。


「旦那様は誤魔化していたようですが、バレるのも時間の問題だと判断したようで、クラウン家__私の生家の力を借りて状況を打破することにしたようです。そこからは、皆さんの知っての通りです」


 クラウン家の長女が影武者となり、シェナと安全のためにカフをまとめて捨てた風にして逃がしたと。


「当時はほとんど話しもなにもされていない状況で置いていかれたせいでシェナ様は捨てられたと勘違いをしていたようで……」


「だから、あんなにバルドーナ家のことを避けてたのね……」


「えぇ、トラウマになっているようでしたから……」


「仕事であっても避けるぐらいでしたからネ。相当ですヨ」


「経緯は分かったが、なぜシェナが狙われるんだ?」


 兄さんの問いに、今まで黙っていた先生が口を開いた。


「器だからだよ。“パンドラ”の、器足り得るから……」


「器、ですカ?」


「その通りです。バルドーナ家の特徴として一族のほとんどが体が頑丈な者が多く、力も強い者が多いこと」


「それは割りと有名ね。亜人族の血が入ってないのに不思議だって、よく言われてたわ」


「そして時折、オッドアイという左右で色の違う瞳を持ち、魔法は体質の問題で使えない者が生まれることです」


 シェナも赤と青の左右違いの目をしていて、魔法が使えない体質だったよな?


 しかも、なんで使えないかは原因不明だったはずだ。


「そういう体質の者が“パンドラ”の器になれると書いてありました。昔、リベア皇国時代の“パンドラ”もバルドーナ家の者が器に使われたらしく、生き残りが書き記してくれていたのがこの本のようです」


 本に目をうつすが、魔法がかかっているからこの程度の劣化具合ですんでいるのだろうがリベア皇国時代から受け継がれてるとは……。


「シェナ様は頭ひとつ抜きん出て体が丈夫です。……オッドアイは見つけるための目印、体の頑丈さは耐えるためもの、魔法が使えないのは“パンドラ”を顕現するときに魔力を使用するから。この本には、そう書いてありました」


 息を飲む。


「つまり、シェナは……バルドーナ家は“パンドラ”の復活のために狙われたのね?」


「えぇ、今まで旦那様は誤魔化していたけれど、それもいよいよ無理が出てきた。ピュラー領で起きていた無人家屋が氷漬けになる事件は脅しだったのでしょうね。お前らがこうなるぞって……」


 そして、バルドーナ家ごと凍らされた。


「シェナ様が目をつけられた理由は単純です。今の地位まで上り詰めれば、表沙汰に活動するとこが圧倒的に増える。そうすればどうなるか」


「バルドーナ家にいる団長が偽物、影武者であることがバレる……ってことですカ?」


「えぇ、だからピュラー領のバルドーナ伯爵家は氷漬けになった。口封じを兼ねたんでしょうね。相手が確信をもったのがいつだかは知りませんが、割りと最近でしょう」


 いまだ飲み込めない部分はあるものの、ある程度の話しはつかめてきた。


 シェナがつれていかれた理由も、バルドーナ家が氷漬けになっているのも、全ては黒いマントの邪神教の仕業……。


「“過去、一族が背負った業の結果”だと日記にありましたから、恐らくはリベア皇国時代の“パンドラ”にも関わっているのでしょう……」


「今の地震も黒い霧も、空の色が変わってるのも、黒いマントの__SDSの者が“パンドラ”の復活の儀式が行われてるからでしょう」


「SDS?架空の犯罪組織じゃないのか?」


「わかりません、けれど日記にはそう書かれていましたので……」


 次から次に色々と疑問が湧いて出てきては、また増える……。


 頭がパンクしてしまいそうだ。


「ふぅ、こんな後手後手に回る気はなかったんだけど……」


「先生?」


「ごめん、本当なら今みたいになる前にどうにかすべきだったんだけどね……」


 先生は頬をかいて、息を吐く。


「この儀式が行われてから一日、それが“パンドラ”復活までのタイムリミットだ。それまでに儀式の妨害、それからクルシェナさんの奪還をしないとアニエス王国どころか回りの国まで消えることになるよ」


「そ、れは……」


「それに、“パンドラ”が復活さてしまえばクルシェナさんの魂は壊されて……。つまりは廃人の状態になる」


 室内に緊張感が走り、背筋にヒヤリとしたものが通る。


 何でそんなことを知っているんだろうか?まさか、先生が裏切っていた?


 すぐに嫌なものを考えてしまうが、その不安はすぐに払拭されることになった。


「待って待って、疑ってるところ悪いけど僕はどちらかと言えば“パンドラ”の復活を阻止する側だからね。そういう一族だから!」


「わかってる、一瞬考えてしまっただけだから気にするな」


「そもそも、ハウさんが向こう側だったら、もっと早くに事件が起きてるわよね」


 兄さんと義姉さんの言葉に先生が一瞬ポカンとしたが、すぐにあきれた表情になった。


「君達、僕のこと信頼しすぎじゃない?」


「先生は俺が生まれる前から王宮に使えてるんだから、それくらいの信用が出来てもおかしくないって。それに、いまは余計なことを考えて疑心暗鬼になりたくないから……」


「それに、ハウィルデスさんのように強い人に的になってほしくないですからネ」


「そっか。嬉しいけどむず痒いって言うか……」


 疑心暗鬼になって無駄に争っている今があるのならば、信用できる者は信用したほうがいい。


 無駄に争って時間を消費して、タイムリミットを過ぎてしまったら意味がないからな。


「さて、タイムリミットは一日だったな。ハウ、場所はわかるか?」


「多分だけど、リベア皇国時代に使われていた古城だと思う」


「あそこか、少し離れてるが移動できない距離でもないな。部隊を編制して……いや、ドラン騎士団に頼むべきか」


 下手な奴に頼むと誰も帰ってこなさそうだからな……。


「俺は父様に事情を話してくるからオリーとダフネは動かせるドラン騎士団の者達を呼んでおいてくれ」


「わかったわ。呼べる者を呼んで、いつでも動けるようにしておくわ」


「わかりましタ」


「いくつか忠告しておくけど、あの黒い霧は触れれば即死だから説明しておいてね。あの霧のせいでリベア皇国はあっさりと壊滅したって話だから」


「なんだ、その恐ろしい霧……」


「伝え聞いた話だから、それ以上はなにも……。僕も行くけど、準備に少し時間がかかるから先に動いてて」


 話しは次々と進んでいき、兄さんは父様のもとに走っていき、義姉さんとダフネはドラン騎士団を呼びに行った。


「さぁ、僕も行かないと……」


「俺も出る」


 杖を持っていることを確認して、部屋の扉を開く。


「え?」


「俺も出る。先に行ってるから」


「ラジェくん!?まって、せめてドラン騎士団の子達と一緒に行って!!」


「そんなことしてる間にシェナに何かあったらどうするんですか!?俺の魔法なら即死の霧だって関係ありません!」


「一人で飛び出していってもクルシェナさんを助けれるかはわからないだろう!?ちょっと!ラジェくん!?」


 先生の制止を振り切り、廊下を駆ける。


 道中、自分の部屋によって魔法がかかっているローブや強化、補助の魔道具を回収していく。


「……シェナ、もうすぐだから待ってて」


 懸念が晴れた今、ブーティカが捕まったから避けないことを気にする必要もない。


 俺はシェナに伝えなければいけないことがある。


「仮に断られたって言い、だから絶対に連れ戻す」

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