24 天変地異?

ブーティカは息をのみ、オリーを見上げる。


「答えなさい。さもなくば痛い目を見ることになりますよ」


 短剣で切らない程度にブーティカのほほを撫で上げた。


「あ〜あ……」


「止める間も無く短剣を……」


「気持ちは分かるが、いささか手が早すぎないか……」


 オリーは普段ならこんなことをしないのだが、怒りと焦りが混ざった結果こうなってしまったのだろう。


 数日前から行方不明になっているシェナをドラン騎士団が探し続けているのだが一向に見つかる気配はないからだ。


 行方不明者は時間が立てば立つほど生存率が下がっていく、一日立つごとに希望は消えてくのだ。


 だから、早く情報がほしい。


 それゆえの行動だった。


「手荒なことをして申し訳ないとは思うけれど、時間がないの。素直に教えてくれるかしら?」


 たとえ婚約中とはいえ、夫婦と言うのは似るものらしい。


 その笑顔でありつつも威圧を感じさせる佇まいはグランが怒ったときのものとよくにいていた。


 可哀想なぐらい震えたブーティカは恐怖により、あっさりと情報を情報をはくことにした。


「……く、詳しいことは知らないけれど、儀式かなにかに使うって聞いたわよ」


「儀式?」


「黒マントか?それとも緑のローブか?」


「黒い方よ」


 ブーティカはため息をはき、問われた質問に淡々と答えていく。


「その儀式の内容は?」


「知らないわよ。でも生きて帰れないのは知ってるわ」


 その言葉に一同がピリつく。


 それにブーティカがびくつく。


「それを知っててやったのか……」


 ブーティカはニヤリと笑う。


 その表情には見当違いの増悪が浮かび上がり、悪鬼のごとく恐ろしい表情をしていた。


「勿論よ。殺してやるつもりだったもの。あんな溝鼠が私に手を差し出す?あり得ないでしょう。あんなの、ずっと地面を這いつくばってい泥水をすすっていれば良いのに……」


 さっきまでの怯えたようすはどこへ行ったのか、蛇のような鋭い眼光でダフネを睨み付ける。


 要するにだ、見下しているのだ。


 スラム育ちで、運と実力の両方で今の地位に這い上がってきたシェナのことを、ドラン騎士団のことを。


 グランもラジェも、それが不愉快でしかたがなかった。


 オリーは昔からドラン騎士団の者達が頑張る姿を見てきたものだから怒髪天にもなりそうだったが、ここはグッとこらえることにした。


 ここで暴れても意味はないし、相手は身内を傷つけた犯罪者であっても他国のお姫様なのだから丁重に扱わなければ行けない。


 さっきの短剣に関しては例外とする。


「だから、いい機会だと思ったのよ。片想い相手を盗って、家族が自分のせいで死んでしまえば、流石に厚顔無恥な女も傷つくでしょう?」


 若干、一部の者が手を出しそうになったが他の者が押さえて事なきを得た。


 人の地雷を踏むのが得意なお姫様だなとグランはほとほと呆れ果てる。


「あいにくと、その作戦は失敗したようね。カフは死んでないもの」


 まあ、いつ目が覚めるかも分からないけれど。


「は?違うわよ。バルドーナ家の連中のことよ」


 ブーティカの言葉により、場は静寂に支配された。


「は?それはどういう……」


「なに?あなた達知らないの?あの女、元々はバルドーナ家の生まれで捨てられてスラムにいたのよ?哀れよね、捨てられたのに未練タラタラでさ」


 その瞬間、オリーは思い出す。


 今までずっと、シェナはバルドーナ家関連の仕事や話題を避けてきたことを。


 そして納得する、自分を捨てた人達に会いたくないし話を聞きたくもないから仕事も話題も避けていたのだ。


 いや、でもバルドーナ家の娘は健在であるが……そこら辺のごまかしは貴族ならいくらでも出来てしまうか。


「……そう言うことね」


 前々からあった謎が解けたのは良いことだが、あまりにも爆弾が過ぎる。


 この事、きっとドラン騎士団の者達の身元を調べて国王に提出しているドラゴノフと国王は知っているのだろうが、本当に爆弾ではないか。


「それで、私が一声かけて外に誘導してやったってわけ。騎士団の男に関しては巻き込まれただけなんでしょうけど、せいせいするわ」


 ダフネは頭を抱えた。


 やっぱりあの時声をかけて無理矢理にでもブーティカからシェナを引き剥がしておけばよかったと。


 オリーは後悔する。


 カフにバルドーナ家捜索の許可を出さなければよかったと。


 どれもこれも過ぎた話である。


 これからどうするか、一同が頭を抱えた頃、王宮の奥からバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。


 いったい何事か、トゥイシュテの森の防衛戦線でなにかがあったのか、それともシェナが見つかったのか?


 視線が自然とおとのした方向に向かう。


 現れたのは頭に包帯を巻いたままのカフだった。


「はぁ……い、いた」


「カフ!?」


 いきなり現れたカフに驚きはするものの、目覚めてくれたことへの嬉しさが勝つ。


「どうした、何かあったか?」


 グランは極めて冷静に、なにか焦っているようすのカフに声をかける。


「急がないとシェナ様が危ないんです。連中、シェナ様の……」


 カフがそこから先の言葉を紡ごうとした瞬間、大地が揺れた。


 大きな地響きと共に縦に揺れる地震のせいで、立つことすらもままならずに屈強な肉体をもつ兵士すらもた折れ込む始末だ。


 王宮の建物からパラパラと砂ぼこりが落ち、気が揺れては不気味な音を立てて葉を散らしていく。


 いったいどれ程の揺れが続いたのか……。


 地獄の時間だったから、気が遠くなるほどの時間だったような気もするし、それほどの時間がかかっていないような気もする。


 揺れが収まったものの、今だ揺れているような感覚がある。


「今までこんな地震が来たことなかったのに……」


 けれど大きな揺れがおさまったことに安堵した。


 けれど、それはつか沼の平穏であった。


「そ、空がっ……!」


 誰かの悲鳴じみた声が聞こえる。


 “空”、と言う言葉につられて空を見上げると、綺麗な青空だったはずなのに紫色に染まっていた。


 もくもくと雲とは別の黒いものが空に浮かび上がり、覆い被さっていく。


「なにが、起きているの?」


 その問いに、誰も答えてくれることはない。


 だって、誰も答えが分からないのだから答えようがないのだ。


 天変地異でも起こっているのだろうか?


「あぁ、遅かったんだ……」


「どういうこと?カフ、なにか知ってるの?」


「私も、それほど知りません。けれど言えることがひとつだけあります。シェナ様が死んで、厄災が解き放たれる」


 カフは青白い顔色をさらに悪くして、ある一点を見つめる。


 それは黒いモヤが産み出されている方向であり、リベア皇国事態に使われていた古城がある方向だ。


 状況は飲み込めないが、これは座っている場合ではない。


 グランは立ち上がり、ブーティカを牢にいれるように兵士に指示をして、オリーに手を差しのべる。


「怪我は?」


「ありません……。それよりも……」


「分かってる。カフ、話をしてくれるな」


「勿論、ですが人にあまり聞かれない場所の方がありがたいです」


 グランはカフの言葉に頷き、自分が使っている書斎を使うことにする。


 他の者達が進むなか、ラジェはリベア皇国時代に使われていた古城のある方角を見ていた。


「……先生」


 話が始まる前にハウを探さなければならないかもしれない。


「ごめん、兄さん。俺、ハウさん呼んでくる。きっと、いた方がいいから」


「わかった、待ってるから言ってこい」


「うん」


 ラジェは走る。


 きっとこの時間帯ならばハウは資料室にいるはずだ。


「嫌な予感がする……」


 これが外れるのを祈るのみである。


 シェナ、シェナ、頼むから無事でいてくれ。

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