22 前準備
誰かの視点
その日、アニエス王国の王宮は蜂の巣をつついたかのような、上から下への大騒ぎとなっていた。
それもそうだろう。
王太子妃の護衛であるクルシェナ・ドラベルフが行方不明になったことですら、大騒ぎになるのに同時に別の事件が起こったからには……。
その事件とは、何者かによって屋敷一帯を氷漬けにされてしまっているバルドーナ家で謎の爆発が起こったことだ。
現場には氷像となったバルドーナ家の者達とクラウン家の者達、そして調べ物のために一人おもむいていたカフであり、容疑は唯一動き回れるカフに向こうとしたのだが……。
「副団長は、まだ目を覚まさないんですネ……」
ドラン騎士団、諜報部隊隊員である、頭に角を乗っけたダフネの雌雄の分からぬ中性的な顔立ちは悲痛なものになっていた。
「あぁ、命に別状はないが頭を打ったのが原因だろうとのことだ」
「それは……。いつ、目が覚めるかもわかってないんですよネ?」
「あぁ、何時でもおかしくないらしいが……」
治癒魔法で傷が治りはしたものの、爆発の衝撃を頭にもろに受けた影響なのか、カフは目を覚ます兆しを見せなかった。
目的や状態を聞こうにも本人が眠ってしまっているので聞けるわけもなく、どうにか目を覚ましてはくれないかとカフの目覚めを待つ状態になっている。
疑いの目は向き、一部の過激派がカフの目が覚めてしまう前に投獄すべきではないかとの意見もだしていた。
だが、国王や王妃、ハウさんや宰相達がカフの持っていた二冊の本を読んで無罪と判断したことで場は一応ではあるが落ち着いた。
「出きれば早く目が覚めてほしいデス」
ダフネはスラム街で一人、風邪をこじらせて死にかけていたところを拾われ、一命を取り留めたに現状気が気ではなかった。
いや、シェナの姿がなくなり、カフが意識不明となっている現状、気が気でないのはダフネだけではなかった。
騎士団も、王宮内の者達も、城下の者達も、ポイラー領の者達も、そうだった。
「あの、副団長が持っていたって言う本二冊、あれってボクは読んじゃダメなんデスカ?」
ダフネの問いに、グランは静かに首を横に振る。
カフが持っていた二冊の本、日記は重要な証拠として一部の者以外には触れることは許されず、古い書物の方は国王が禁書に指定するレベルでヤバイ代物のようで、最初に読んで数名以外は読むことを禁止にされていた。
「読めたら、やれることを見つけられるかもしれないの二……」
「俺だって読むなと言われているんだ。騎士団の者達では無理があるだろうな……」
グランも、オリーも、そしてラジェも読むなと言われていた。
特に、現在は重要な仕事中でありシェナを好いているラジェは念押しされていた。
国王は本の内容と、シェナの現状からラジェに知らせるべきではないと判断したのだ。
古い書物の方、“パンドラ”の一族について書かれている本はシェナのバルドーナ家どころかアニエス王国の今後を左右するようなものなのだから仕方のないことだ。
「こんな状態でも、シェナがいればまだ気が楽だったんだがな……」
「まったくデス。団長は強いですからいるだけで士気が高まりますし、安心感が生まれますからネ。いるのといないのとじゃ変わりますヨ」
城下町を歩いていたと言う目撃情報はあっても、そこから先の目撃情報が一切ないのだ。
「最後の目撃情報が城下町の者から、その前が門番、さらに前が……」
「僕ですネ。ブーティカ様と話しておりましたヨ。城下町に行って琥珀糖買ってこいって言ってましたけど、あの時に止めておくべきでしたネ」
「それで怪しまれたらラジェやお前の苦労がおじゃんになるだろう。そうじゃなくても、一国の女王と騎士団の一員じゃ、どうにもできないだろう」
「それもそうですケド……」
仮にダフネが間にはいって止めたところで、王宮に勤めている二人に命令をされれば回避なんてできはしないだろう。
「特に異変はなかったんだな?」
「特には、団長の体調が悪そうでしたけど王太子妃も言っていたことですからネ……」
「いったい、何があったんだ……。城下町の方で騒ぎがあったと言う話しも聞かないし……」
グランはシェナがどこに消えてしまったのか、分からずに頭を抱えた。
グランが、ためしに新しい情報はないかと聞いてみれば「あったら報告してますヨ」と返されてしまった。
「団長に何かあったら僕ぁカチコミに行きますからネ。団長が行方不明な上に副団長が意識不明なもんで、困惑しつつも殺気立ってるんですヨ」
「そんな物騒なことを飄々とした顔で言うのをやめろ。まったく……行くのお前だけじゃないだろうに」
「当たり前でショウ。皆、二人に拾われたから、ついてきたからこそ今があるんですモン。ネジュさんから聞いた感じ、割りと殺気立ってますヨ」
カイトや他の面々が頑張ってなだめてくれてますけどネ、とダフネは続けるがグランは頭を抱えたままだった。
「シェナの言う通り、じゃじゃ馬揃いだな……。念のため、シェナが使ってそうな物を調べたり、行ってそうな場所を調べるように行ってるが、どこまで進むか」
「」
荒れるのが騎士団だけならまだましと言えるが、そうも行かないのが現実。
王太子妃を守るための騎士がこれなのだから国王や王妃、国の重鎮は当然として、シェナに思いを寄せているラジェも、幼馴染みであるオリー、そして二人に当てられた王宮の者達がピリピリとしているのだ。
そのせいで息が詰まるのなんの……。
グランはため息を吐き、話を変えることにした。
「で、変わらず監視を続けてもらっているブーティカ・ヴァン・バースノンクの様子はどうだ?」
「変わらず、怪しさ満点ですヨ。証拠もいくつか見つけましたし、叩けと言われれば叩けますヨ。まぁ、どれもこれも未遂ですし、一部に関しては疑惑ですけどネ」
「それでいいんだ。なにか起きてからじゃ問題だからな、なにかが起きる前に叩き潰さないとな」
そういうグランの表情は悪役と見まがうほどの“悪い顔”をしていた。
「そういうところラジェ様と似てますよネ」
「いい性格しているところとかもろに」とは思ったものの、ダフネは言葉にはしなかった。
「で、そうしマス?副団長と団長の件、さすがにタイミングが被りすぎてて怪しいので調べてみますカ?それとも今叩きますカ?パシャパシャと、いい加減うざいんですよネ」
そうやってグランに聞くダフネもなかなかに“悪い顔”をしているが、誰も指摘することはない。
「今だ。その件については事情聴取をすれば吐くだろう」
「甘やかされて育ったお姫様が兵の圧に耐えられるわけないですもんネ」
「同感だ。あと、バースノンク国については父さんの決定を下すわけだが、向こうとしては争う姿勢をとるだろうな。と言うわけで、もう既に周辺の国に手を回すように外交官に言ってある」
「用意周到ダ〜」
「争う気がなく、かつ反省の色があるのならば賠償金だとか、なんだとかを踏んだくってやるくらいにはなるだろうな」
そうは言うが、二人揃って血生臭いことになるだろうと検討を立てているのでバースノンク国の普段からの態度がうかがえる。
「もし、副団長と団長の件がブーティカ様の仕組んだものだったとしたらどうしますカ?どうにも、ブーティカ様は団長に対して悪意があるようですヨ」
「その場合は、相応の罰を下すだけだ。他国の姫だとはいえ、王太子妃の家臣である二人に手をだしたのだからな。打ち首もあり得るんじゃないか?」
「こわ……。まあ、他にも既に色々やらかしてますものネ。さっき話題に出た禁書関係とか」
グランはいつもの調子で「打ち首もあり得る」と言ったが、割りとあり得る話である。
ただでさえ悪い国家間の関係をさらに悪化させるようなことをしているし、アニエス王国に害になることしかしていないのだ。
詳しい罪の内容は追い追いとして、ブーティカ・ヴァン・バースノンクの断罪は、もう目の前である。
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