21 厄日
シェナ視点
琥珀糖を買ったあと、あまりの体調の悪さに適当な路地に入って休むことにしたのだが、これは悪手だったらしい。
完全に動けなくなってしまった上に、周囲を黒いマントの邪神教の教徒達に囲まれてしまったではないか。
発煙筒なんかの危機を知らせる物は持っていないし、魔法がないから代わりの物を放つこともできない。
剣は持ってきているものの、魔方陣が刻まれている大剣は体調の悪さを理由においてきている。
魔導師が多いと聞く黒マント相手に、大剣無しと言う状態でどこまでいけるものか……。
さすがに無理があるだろうかと思ったその時だ。
「どうも」
「ブレナ殿?」
見慣れた国軍に支給される視界のすみに入り、国軍の誰かが来たのかと安堵を少し感じつつも、どこかからわいてくる違和感にしたがいつつ視線を上に上げていくとブレナがいた。
何でここにブレナ殿がいるんだろうか?というか、似たようなマントをブレナ殿も着ている?
「クルシェナ・ドラエルフ殿、お加減はいかがですか?」
のっぺりとした、まるでピエロのような偽物じみた笑顔をしたブレナ殿は頓珍漢なことを聞いてくる。
「……?」
最初はブレナ殿の言葉の意味がわからなかった。
体調不良で鈍った頭を必死に働かせれば、なんとなく言葉の意味を理解することができた。
これは……そう言うことか。
「裏切ったな?」
「ご名答」
にこりと笑って、肯定してくれた。
いままでブレナ殿に怪しい素振りなんて全くなかったと言うのに……。
……いや、よくよく考えれば小さな違和感はずっと前から、それこそトゥイシュテの森に行った頃からあった。
ブレナ殿の所属を考えれば魔獣とはあまり戦わないはずなのに、妙に戦いなれていたこと。
そして私の生家……バルドーな家の屋敷を地図を見ることもなく、迷わないで進んでいたことだ。
よくよく考えればおかしいことなのだ。
特に、バルドーナ家での違和感は顕著だった。
途中、いくつかの部屋を確認していたのは事実であるが、あのとき向かっていたのは間違いなく応接室だった。
迷うこともなく、まっすぐに氷像のある応接室に向かっていた。
他の者が先行していたのなら単なる偶然だと片付けられたかもしれないけれど……。
あのときはトラウマのせいで気にしている余裕がなかったし、トゥイシュテのお森の時は単なる偶然感かなにかだと思っていた。
あぁ、特に気にしていなかったかこの自分を殴りたい。
「怪しんでくれなくて安心しましたよ。そりゃそうですよね?今までは、ただの国軍の軍人だったんですもの。したことと言えば、指示を出すのと貴女に毒を盛ることぐらいなんですから」
今の体調不良の原因はブレナ殿……ブレナが盛った毒が原因のようだ。
「普通の人間なら一時間前に、ブーティカ様に声をかけられる前に動けなくなる代物なのに良く耐えましたね。まあ、“あの方”に手ずから細工された一族の末裔だ」
は?今度は本当に何をいっているのか、わからない。
確かに私の生家であるバルドーナ家は気が遠くなるほど昔から存在しており、重要な歴史があると父だったバルドーナ伯爵に聞いたことはあるのだが……。
それ以外は私は特殊な一族の末裔みたいな、話を来たことも見たこともない。
「気分が沈んでいるのを見て、このタイミングしかないと思いましたよ。貴女の癖で護衛対象であるオリビア様の紅茶を一口、毒味として飲んでから自分の者に手をつけるのを利用させていただきました」
……あぁ、そうか。
「味も見た目も匂いも変わらなかったけれど、二つ合わせると発動する毒でも盛ったな?」
「正解!いやぁ、気がつかれないかヒヤヒヤしましたよ。あなたが魔法に疎くて助かったし、オリビア様が席をはずしてくださったタイミングがバッチリでしたから」
オリーの紅茶と私の紅茶にそれぞれ薬を仕込む。
その薬は一口分であれど、二つ揃ったことで毒としての役割を果たした。
毒をしたこんだのは……今朝、私とオリーとメイドがいるオリーの仕事部屋にやってきてブレナと防衛戦線の話をしていたときだろう。
対象や周囲にばれる可能性も低いし、成功率もなかなかのものだろうから上手いこと考えた作戦だ。
「まさか、バルドーナ家を氷漬けにしたのも、お前達がやったのか?」
影が射す。
にこりと偽物臭い笑みで笑っていたブレナは真っ黒な目で私を見下ろした。
「そうだと言ったら、貴女はどうしますか?」
こいつ……!
「あの家の人達は貴女を捨てたのに、貴女をいらないといったのに、何を気にする必要があるのです?」
「……」
「あぁ、もしや、いまだ未練があるのですか?哀れですね。可哀想だ」
カッと頭に血が上るのを感じたが、今にも殴りかかりそうな体を無理矢理にでも押さえ込む。
「……。あの家は昔からアニエス王国に支える者の家だ。そして私は王太子妃の護衛、この両方を攻撃するということはアニエス王国を敵に回すことも覚悟の上である、という認識で良いな?」
「はは、そんなもの承知の上でやってますよ」
ヘラヘラと笑うブレナに苛立ちを覚え、思いきり睨み付ける。
「国を敵に回すこと、すなわち死であるが……なぜ笑っていられる?」
「ん?そりゃあ、まあ、俺達にたどり着ける証拠なんて無いからですよ。指示は全て口頭で行いましたし、バレるような証拠は全て消してきました。物も、人も……」
「外道が……!」
あぁ、吐き気がする……!
「外道で結構、俺も仕事をやりとげないと行けない理由があるのでね」
「それに、私もアニエス王国も関係ないだろうが!バルドーナ家もそうだぞ!」
「残念、関係大有りです。じゃなきゃこんなことになってませんっての。俺の、俺達の目的のために犠牲になってください。クルシェナ・ドラベルフ殿」
にたりと笑うブレナの目からはどす黒い、異様な執着心が垣間見え、ゾクリと鳥肌が立つ。
「……」
「さて、話もここまで。我らと来ていただきましょうか。クルシェナ・ドラエルフ」
「……クソッタレ」
今、体の自由がきいたのならば、目の前にいる男を殴り飛ばしていた頃だろう。
周囲を囲まれ、助けをも止める方法もなく、一般人を巻き込むわけにも行かないし、偶然知り合いが近くを通るなんて奇跡もおきやしない。
そもそも魔法が使えないし、対応策もないに等しい私が大剣を持たずに外に出た時点で間違いだったのだ。
今の状態で魔法を使われれば無傷ではすまないだろう。
あぁ、本当に今日は最悪だ。
振り上げられた杖から魔法が放たれる。
きっと、気絶させる気なんだろう。
今は、まだ殺すつもりがないと言う事実に、いくらか安心するが後が問題であるのは以前変わらない。
意識を失う寸前、考えたのは騎士団のことでもなく、オリーのことでもなく、ラジェのことだった。
……最近はブーティカ様と一緒にいるところをみたくないと言う幼稚な理由で避けてしまっていたが、もう少しラジェと話をすれば良かったな。
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