19 望むは……

そう、“政略結婚”をするかもしれない相手。


 現状、隣国とはなかが悪いが噂をしている者達のように両国の仲の改善、それから貿易や、戦力の派遣をして貰うことなんかを考えれば十分にあり得ることだ。


 父さんに、国王に言われた。


 ブーティカ・ヴァン・バースノンクは俺を気に入っていると、杞憂かもしれないがバースノンク国はなにかを狙っていると。


 何らかの狙いがあったのか、それともわがままの結果なのか、アニエス王国に来ている第三王女から情報を引き出してくれと。


 だから、こうしているのだ。


 ほんと、どいつもこいつも、出身だけで差別して戦争で有益な情報を持って帰ってきたとか、王太子妃や領地の治安を守ったことを無視するんだ。


 それで何かあったときには自分達を守れって言うんだから、呆れて物もいえなくなる。


「ラージェナシュタン様?」


 一瞬、流すことも考えたが最近は妙に動き回るから牽制の意味も込めて、軽く圧をかけよう。


「それは……王太子妃を守る盾である騎士を侮り、侮辱すると言うのは王太子妃や側におくことや王宮への出入りを許可している国王への侮辱と言うことで良いのですか?」


 ブーティカ・ヴァン・バースノンクの顔色がスッと変わり、血色の良かった肌が血の気が引いて真っ青になった。


「いや、そういう意図でいったわけではありませんわ。決して、違います。バースノンク国では偏見が強く、スラムの者が職に就くのは難しいのです。だから、少し話を聞きたくて……」


 言い訳なのか、それとも本音かなんてわからないけれど、そもそも貿易だとか言ってアニエス王国に来る前にバースノンク国でスラムが乱立してる状態をどうにかすべきだと思うんだよな。


 参考、といってもシェナに関してはドラゴノフさんが“人手不足の解消と幼い娘の遊び相手のために、それなりに倫理観がある同性の子供を拾ってきた”だけらしいからな……。


「話、と言われましても……。人づたいに聞いた話では人手不足を解消するために拾ったと聞きました」


「そうなのですか?拾ったお方はよほど運が良かったのかしら?」


 その辺りは否定しないでおく。


 誰がスラムで拾った子供が国で最強の騎士団と吟われるようになると思うんだっていう話だ。


 サラマンダーがドラゴンに化けた気分だな。


「でも、スラムで拾ったと言うことは身元がはっきりしていないということでしょう?そんな人達が、一部だとしても王宮を出入りするのは大丈夫なのですか?」


 その意見、もっともではあるように見える。


 事実、言っていること自他は正しいが義姉さんが正式な王太子妃になるタイミングでドラゴノフさんは騎士団のメンバーの身元がわかる書類を持ってきたのだ。


「はっきりしていますよ。身元」


「へ?」


 完全に予想外、微塵も想定していなかっただろう俺の発言にすっとんきょうな声を上げて、扇子を取り落とし、隠していたアホヅラを晒した。


「拾った張本人が当時の王太子妃候補の護衛と領の守りのために拾って育てまして、その仮定で身元の調査をして国王に報告しているんです。だから、しっかりと身元が保証されている者しか来ていませんよ」


 スラムの住民なんて身元をはっきりさせるのはとても難しいのに、あれだけの人数をきちんと調べているドラゴノフさんの根性はすさまじいものだ。


 さすがドラゴン殺しの異名を持つ者、根性は人一倍と言ったところか。


 その弟子も同然のシェナもやることなすことがすごいんだから、あの家と関わりのある者とは敵対したくないな。


「そうなのですか……。それは随分と……」


「俺も聞いた当初は耳を疑いましたが、父の反応を見る限り事実ですね」


「……。その、発言、お詫び申し上げます」


「そうですか。なら、いいのです。アニエス王国は実力主義のきらいがありまして、出身など関係ないのですよ」


 第三王女は流れてくる噂からして甘やかされて育っているんだろうなと思っていたけど、こうも虎の尾を踏むような真似をするとはな。


 きっちり教育をされていないのか、それとも施された教育をきちんといかせるだけの頭がいないのか……。


 スラム出身どうのこうのと言う割に、王族らしからぬ振る舞いをするものだ。


 ……度々、今回ほどではないにしろシェナに関する話題を振られることがある。


 もちろん、それだけではないのだが妙に気になって仕方がない。


 シェナの話だから、俺が気にしすぎているだけなのかもしれないけれど、どうしたものか。


 ……とりあえず、他にも気づいたことを含め、父さんに話にいかないと行けないな。




 あれから面白くもない話をして、二時間ほどたった。


 タイミング良くやってきた近衛兵により、離脱ができたから良かったが、あのままだと更に数時間は張り付かれていたんじゃないだろうか……。


「はぁ……」


 疲れた……。


 最近……というか、転けそうになったのを助けたときから嫌に引っ付くようになった。


 そういう罠なのかもしれないが、仲の悪い国のお姫様とはいえ他所の王族であるから振り払うこともできない。


 ……無理な話だろうが、くっつかれるのならシェナが良いものだ。


 昔はよく王宮の近くにある花畑に行って、シロツメクサの花かんむりを作ってはシェナの頭に乗せたな。


 あの時のこと、シェナは忘れてそうだな。


 アイツ、情にはあついけどサラッとしてるところがあるからな。


「……潮時なのかもな」


 政略結婚をすると言うことは、シェナと会おうとしてと遭えなくなる可能性が高い。


 それどころかシェナと結婚……は俺の願望だとして、親しくしても問題無いようにしてきた根回しが全てパアになってしまうと言うことだ。


 第二王子であるし、今は国が大変な時期だから仕方のないことだし、王族が恋愛婚なんてできるわけがない。


 むしろ、今まで良く自由でいれたものだ。


 たぶん、俺だけじゃなくてシェナも別の誰かと結婚することになる。


 シェナは義姉さんがわざわざ指名した護衛で、義姉さん経由で政治に少しだけ口を出せる人だから取り入りたい者は多いし、国王としては使える駒は使いたいはずたからな。


 そもそも、根回しする前に俺がシェナに好きだと伝えた時点で政治的に面倒なことになるだとか、そうなったらシェナの望む義姉さんの護衛を続けることができなくなるだとか……。


 そんなのを言い訳して、俺がなるべく親しいと思われないように冷たい対応をしていた時点で結末なんて決まっていたんだ。


 第二王子である俺と第一王子の政略結婚相手である騎士のシェナがくっつく……まではいかなくても、俺がシェナに好意を持ってることがバレたら政治的に面倒になるからって、言い訳して……。


 事実ではあるから、だから、必死にやってきたけど……。


 シェナに避けられて、悲しんでるのに背中をさすることもできない時点で、終わってたんだ。


 俺達が結ばれることなんて無い、初恋が叶うわけもないし、願いが叶うわけもない。


 それに気がつかなくて、ズルズルと引きずってきた。


「今じゃなくて、はじめの方に気が向けば……」


 いや、気がついてはいた。


 気がついてはいたけど、それ以外にどうしたら良いかわからないから、突き進んだんだ。


 途中で止まれればよかったけど、それをするには俺の頭は足りなかった。


「元々、素直な方でもないしな……」


 昔は、まだましな方だったのに、今じゃすっかりひねくれ者だ。


 自分の立場や生まれなんて気にしていなほど幼かった頃のように、


 あぁ、我ながらなんて女々しいことか。


 いや、今も昔も変わらないか。


 兄よりも怖がりで、臆病者で素直になれなくて……。


 いざというときどうしたら良いのか、わからなくなって固まってしまうような愚か者。


 やることの大半が裏目に出てしまうし、俺には人の前にたって先導するなんてことは向いていない。


 そもそも、“王”に向いていないタイプの人間なのだ。


 この辺りを考えれば、第二王子に生まれていてよかったと思えるだろう。


「……いい加減、はっきりさせるべきだな」


 仮に、もう俺の夢が叶えられないのだとしても最後までやることはやらないと行けない。


 俺が今できるのは、兄さんを支えることだ。


 一先ず、父様のところに向かって“俺の意思”をしっかりと伝えないと始まらないな。


「意気地無しって言われるかな……」


 これからやることをシェナに知られれば言われてしまいそうだけど、こうでもしないと陰謀だとかなんだとかで面倒なことが山盛りになってしまうんだよな。


 俺の夢も叶わなくなるわけだし。


 ……でも、意気地無しって言われてしまったら当分引きずる気がする。




 一方、ブーティカ・ヴァン・バースノンクはラジェの去った方向を見つめ、ポツリと言葉をこぼす。


「クルシェナ・ドラベルフ、後悔するといいわ。スラムの薄汚い人間が、この私を苔にして……。貴女の最愛も、この国の王の座も全ては私のものになるのよ」


 未来の情景を想像して恍惚に笑うブーティカの心中にはシェナに対する増悪とラジェに対する執着が浮かんでいた。


 全ては壊すために、全ては我が父の望む通りに。


 ブーティカ・ヴァン・バースノンクが望むのは、破滅である。

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