17 疑心暗鬼

知りたくもないことを知ってしまい、けれどそれを表面に出すわけにはいかないから、私も形だけは犯人の捜索をすることになった。


 ある程度の時間がたって、班わけされることになって私とカフは二階の良く日が当たる方面を調べるようにといわれた。


「はぁ……」


 寒さと、血の気が引いたせいなのか貧血の時のような気分の悪さが襲ってきたせいで座り込んでしまう。


 また、まただ。


 ラージェナシュタン様とブーティカ様が二人で園庭にいたのを見たとき以上に、感情が乱れている。


 周囲には、カフ以外に誰もいない。


「なあ」


「なんでしょうか?」


「どこまで知っていたんだ?」


 よくよく考えれば初めからおかしい話だったんだ。


 私とバルドーナ家が血の繋がらないと判明したのは別にいい、赤ん坊の取り違え事態ははたまにあることだからだ。


 途中まで育てた私を後継者問題から迫害するのも、わからなくもないが捨てるのは変なのだ。


 これがバレてしまえばバルドーナ家の信頼は地に落ちるし、もしかすると爵位を落とすだとかの処分を受けていたかもしれない。


 そんなリスク度外視に私のことを見たくなかったというのならば、仕方がないとしよう。


 でも、そんな子供に昔から家に支えてくれている使用人の家系の長男をつけて捨てるなんてことするか?


 カフができ損ないだとか、無能だとかそういう話ではない。


 むしろカフは有能だ。


 私に文字を教えたのはカフだし、スラムで生き残るために弱い私を助けてくれたのもカフだ。


 そんな将来有望そうな子供を、昔から支えてくれている家が離反しかねないようなことをするだろうか?


 されたとして、クラウン家が黙っているわけがない。


 ただの使用人の家が雇い主にたてつけるか?という疑問が湧いてこなくもないが、侍女頭であるカフの母親は元々冒険者だったしバルドーナ家が無傷で終わるとは思えないのに、それっぽい話が微塵も聞かない。


 そして本物が来たわけでなく、カルメンが私に成り代わっているということは……。


 恐らく、私達が捨てられた件に関して、バルドーナ家とクラウン家は完全にグルであり、私以外は全員共犯者だということになる。


 一緒に、捨てられたカフすらもだ。


「グルか?」


「はい」


 やぱり。


「お前は?」


「シェナ様を守るためと説明を受け、了承しました」


 そうか。


「スラムで生き残れたのは事前に準備でもしていたからか?」


「多少は。ですが持ち出せた資金は少なく、中盤以降はシェナ様が病気になられたとき以外は使わないように節約しておりました」


 通りで妙に医療品やらが帰るわけだ。


 昔の私はカフが必死になって集めてくれたと、頭がお花畑のような考えをしていた。


「捨てられた理由は?」


「守るためとしか」


 守るため?


「本当は?」


「先程のべた通りです」


 私を守るために捨てたと?


「それを信じろと?」


「……シェナ様のお好きなように」


 随分と、ちゃんちゃらおかしな話だな。


「カルメンは私の影武者か?」


「似せていること、バルドーナ家の娘の話が出回っていたことを考えると、影武者だったのでしょう。何者かの視線を固定するための策かと」


 何者かの視線を固定するための作戦?


 それ、回りの目を欺くための策の間違いなんじゃないの?


 あぁ、頭が痛い、吐き気がする。


 頭の中がぐるぐると回って、思考が混乱していることは自分でもわかっていたことだから、何もしゃべらない方がいいのに言葉も思考も止められない。


「策、策ね……」


 自分を捨てた家族になんか会いたくなかったのに、しかも守ってたなんてバカらしい話を聞かされることになるなんて……。


「貴族の子供が命を狙われることはよくあることだ。オリーの護衛をしていたから身に染みて理解している。だというのに、ドラゴノフ様のように護衛をつけるでもなく、協会に潜伏させるわけでもなく、お前は私の子供ではない?他の領地にポイ?」


 思い出しただけでも心臓が締め付けられるような気分になり、腹の中のものを全部吐き出してしまいそうになる。


「それで、守るためだって信じられると思うわけ?」


「……」


「なんでカフは信じたの?」


「母からの説明で、姉はもう覚悟を決めていたようでしたので、これはやらなければいけないことだと……」


 親に言われたから、姉が覚悟を決めていたように見えたからね。


「私は、私を捨てるときのお父様の表情、あれは心底恨んでいる相手に向ける目と同じだと思ったけどね。戦争を経験して、余計にそう思った」


 あのときの、あの目は敵に向ける目とおんなじものだった。


 戦争で何度も向けられて、何度も見て、何度もおんなじ目をした。


 間違いないだろう。


「それはあなたを狙う者に向けられたものでは……」


「じゃあ、何であの目はいまだに私を見てるんだ?」


「え?」


 今でも夢に見る。


 捨てられたあの日、あの時、あの瞬間。


 あの恨みに満ちた父だった人の目が今でも自分を見ている。


 思い出したとたん体の震えが止まらなくなって、頭に痛みが響いて、いまにも吐き出してしまいそうで到底動けるきはしなかった。


「これ、知ってる?」


 息も絶え絶えになりながらカフに見せたのは、私がいつも首から下げていた古いアンティーク調の鍵だった。


 これはバルドーナ家から放り出される前日、母が泣きながら肌身離さずに持つようにと言いつけてきた代物であり、いままで言いつけ通りに持ってきたものだ。


「鍵、ですか?すみませんが、私はそれについて何も聞かされておりません」


「そう、あげる」


 あっさりと首にかけていた紐をはずして、鍵をカフに向けて放り投げて歩き出す。


 鍵はカフは慌てた様子で鍵を捕まえると私に抗議してきたが、今の私に母だった人から託された鍵なんて持てるわけもなかった。


「いらない。いま持ってたら池にでも投げそうだし、何でこんなことになってるか知りたかったら勝手に調べればいい。今はお前も信じられんし、死人にくちなしだ」


 後ろからカフの声が聞こえるけれど、今の私にはそれを聞く余裕も何もなくて、ただここから離れたくて、カフを置いて適当な部屋にはいる。


 捨てたのは助けるため?それと本当に捨てたかったから?


 知らない、知りたくない。


 私を守るために家族が犠牲になった?それなら、私が要らなくなって捨てられたというシナリオのほうはましだ。


 信じたくない……。


_


カフ視点


 カフは投げ渡された鍵を見て、途方にくれていた。


 確かに、家から出たあと何度も疑ったことはあるけれど、それでも情に厚くて自分達を大事にしてくれていた両親を信じていた。


 でも、シェナ様の言うことも理解できてしまって、どうしたらいいのかわからなくなっているのだ。


 シェナ様が言うバルドーナ家当主の目は恨みが宿っていたとカフも知っているが、視線を向けつつも恨みはシェナ様に向けているわけではない気がした。


「今からでも追いかけるべきでしょうか……」


 でも、シェナ様は“今はお前も信じられん”といっていたことから、そっとして置いた方がいいんじゃないかと思う。


 ショックがないわけではないが、ここでカフが足を止めるわけにもいかないし、何かしなければいけないのはわかっている。


 カフは考えて、考えて、考えて、そして導き出した答えは真相を見つけて、現況である下手人を見つけることだった。


「だったら、今のは証拠になりそうなものを集めなくては……。あとは、この鍵の使い道も探さないと」


 二回にあるのはバルドーナ伯爵の私室、そこなら何かあるかもしれないと思いなかを探索しても何も見当たらない。


 婦人の部屋も、両親の部屋も、姉の部屋も何もない。


 流石にすぐに見つかるようなところには証拠になるようなものは置いていないようだった。


 次第に時間が過ぎていき、調査隊は一時撤退となった。


 報告書にはバルドーナ伯爵家、使用人のクラウン家が凍りづけとなったが下手人不明、犯行理由不明と言う内容になってしまった。

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