16 ハッピーエンドのはずじゃ……?
時間はあっという間に過ぎる。
魔獣襲撃というものを除けば、特にこれといって事件も何も怒ることはなく、魔獣が凶暴化しているわりには平和だった。
だが、平和だったのはポイラー領だけであったらしく、伝書鳩がやってきて「ピュラー領に異常あり、帰還されたし」と書かれた手紙を持ってきていた。
「……マジか」
心がざわめき、心臓の鼓動が早くなる。
この手紙が来たということは、あの人達に何かがあったということだ……。
嫌いだけど、嫌いきれない、あの人達が……。
「はぁ……」
行きたくない……。
行きたくないという思いが強いのだけれど、国王の言葉に是と返したからには、今さら無理だなんて言えるわけもなく、オリーともども帰ることになったのだ。
本当に行きたくない……。
最近は立て続けに見たくない現実を突きつけられている気がする……。
いや、うん……。
もとはといえば、逃げ回っている私が悪いのだし、これを機に向き合うのもアリだろう。
腹をくくった私は帰る前にサボった者に対して、罰を下すことにした。
「まったく、私がお前達にオーバーワークさせたことがあったか?」
「無いです……」
「メニューを見直しておいたから、今度からきちんとやりなさい」
「あの、団長……」
一人の団員が控えめに手を上げた。
「なに?」
「メニューがキツくなってるんですけど……」
「サボった罰だ!一ヶ月したら戻すこと」
そういうとしょぼんと肩を落としてしまったが、これに関してはサボった者達の自業自得なので私の知ったことではない。
「文句は受け付けない。私は帰るけど、きちんとやるんだぞ。サボったら延長!」
一ヶ月も続けるという事実に団員がざわつくが、これ以上の時間をかけられないので最後に釘を刺して馬車に乗り込む。
「まったく、当分カフがいないって言うのに……」
「まあ、まあ」
馬車の中には私とオリー、そして副団長のカフが乗っている。
どうも、数日前のカンネとネジュがやってきた“使い”はピュラー領に何か異変が起こったとき、カフを調査部隊の一人としてもつれていってほしいというものだったらしい。
まったく、ピュラー領に自分から行きたいというなんて、カフは変わっている。
ドラゴノフ様、キーノ、ドラン騎士団の面々や使用人、領地の人達に見送られる形で私達はポイラー領を去ることになった。
王都に戻ると荷物を置きに行ったり、身支度の時間もほどほどに、ピュラー領へ向かう調査隊へ混ざることになる。
「クルシェナ殿、お久しぶりです。またご一緒のようですな」
「ブレナ殿?本当に久しぶりですね。トゥシュテの森の調査にいったとき以来ですかね?」
調査隊の中にはトゥシュテの森への調査にいったときに同行していた国軍所属のブレナがいた。
他にも見知った顔がいるのが見えるのは何か意味があるのだろうか?
「そちらの男性は?いつだったか見たことはありますが……」
「ドラン騎士団副団長、カフ・クラウンと申します」
「私の腹心です。本人の希望でつれてきたんですよ」
「ほう?本人の希望で、ですか……。なにか所縁があったりするのですか?」
「いえ、ただ事件を早く解決させたいだけですよ」
今回の目的はバルドーナ伯爵達の安否の確認、そして犯人の捕縛と異変の解決策を探ることでだと説明された。
なんとも言えない、けれど憂鬱な気分にさいなまれつつ、ピュラー領にだんだんと近づいていくと寒さが厳しくなっていく。
だが、これはいくらなんでも異常な気が……。
長い間は離れていた土地だからこそ、これを違和感だと断言できずにモヤモヤしたものを抱えていた。
寒さに耐えつつ進んでいると、雪がつもり、ちらほらと木々が凍りついてるのが見えてきた。
件のものだろう、凍りついた無人の家を見ることもあったのだが、氷塊の中に家があるといった感じではなく、とても精巧な氷像という表現が近いだろうか。
気候や季節が有利に働いたのもあるんだろうけど、報告書通りに手練れなんだろうな。
こんなことするくらいなら、適当な広場に氷像でも作っていればいいのに……。
その方が喜ぶ人いるでしょ。
いつでも動けるように大剣を抱えながら馬車に揺られているとアニエス王国の最北端であるピュラー領、バルドーナ伯爵の納める領地、伯爵邸に来たのだが……。
「これは……」
「……とんでもないな」
目的地である伯爵邸は完全に氷漬けになっており、その様は何も知らない者が見れば誰かが作った超傑作である氷像と思うだろう。
邸宅の回りに人影無し、窓から見える範囲内の邸宅の中にも特段人影はないが、いくつかの部屋がカーテン閉まっていて中が見れない状態である。
「……なんで逃げないんだよ」
何が起こっているのか、まったくもってわからないがバルドーナ伯爵邸が今の状態になってからバルドーナ伯爵家族の目撃情報がない。
今の状態と、その情報を信じるのならば精巧な氷像のような状態になっているのが最低でも二人、発見されるんじゃなかろうか?
扉は犯人のせいなのか、内側から外へと向かって倒れており、凍っている影響で衝撃に弱くなったせいで粉々に砕けていた。
この世のもとのとは思えない氷の屋敷の周辺は異様なまでに静かで、不気味さしか感じない。
周辺の確認が終わったことにより、中に入ることになったのだが何かあったときを考えて外に数名が残り、私とカフ含めた調査隊が中に入ることになった。
「誰かいませんかー」
ブレナ殿が先行していくが、屋敷の地図を見てことがあるのか迷いなく進んでいく。
声を出せば帰ってくるのは冷気と静寂のみ、人の声が返ってくることはないし、物音一つすらもない。
それどころか、どこにも使用人らしき者が見当たらないのという不自然さがあった。
領主の家なのだから使用人がいないなんてことは、大量に解雇したあとでなければ起こらないと思うんだけど……。
「シェナ様」
「ん?」
「顔色が悪いですが、大丈夫ですか?」
「……うん」
顔色だって悪くなるだろう。
ここは私のトラウマの地であり、故郷なのだから。
何も見つからないまま奥に進むことになり、奥にいけばいくほどに屋敷が荒れており、ちらほらと氷塊が発生しているのが見えた。
奥が事件現場であるのは一目瞭然であった。
確か、ここは応接室だったかな?
玄関と同じように扉が壊されているので中を覗いてみると、氷像があった。
バルドーナ伯爵家族が二人、そしてバルドーナ伯爵家に長年支えている使用人一家であるクラウン家が三人、氷漬けになっていた。
「これは、最悪なことが起こったな」
「この様子を見ると、応接室に通した者が犯人だったんでしょうね」
「いや、なんでこんなときに客通すんだよ……」
「バルドーナ伯爵のとこの娘さんもやられちまってるじゃねえか……」
「これ、生きてるのか?」
他の者達が応接室に犯人の痕跡がないか調べるなか、私は“バルドーナ伯爵のとこの娘さん”と呼ばれたカルメン・クラウンの前に立つ。
「……」
「シェナ様……」
「知ってること、吐かせてやるからな」
「私も、あまり詳しくは……」
バルドーナ伯爵家に伝えるクラウン家とカルメン・クラウンはカフの家族であり、姉である。
そして、私はスラムに流れる前はクルシェナ・バルドーナとして、バルドーナ伯爵の娘として、この屋敷で生活していた。
父はレオン・バルドーナ、母はスカーレット・バルドーナだった。
ある時、唐突に、いきなりに、カフと共に馬車にのせられたかと思ったらポイラー領のすみで放り投げられた。
捨てられた理由は私が取り違えっ子であり、血の繋がった本当の家族でない、バルドーナ伯爵の娘ではないとか。
なんでそんな話しにあったのかとか、じゃあ本物はどこなんだとか知らないし、知りたくもないけれど、今の状態を考えるとおかしいだろう。
血の繋がりのない私が放り出されて、本当の娘がいるのだと思っていたのに、なんでカルメンが娘だといわれているんだ?
娘がいるときいて本物が来たと思っていたのに、なんでカルメンが娘だといわれているんだ?
なんでカルメンの見た目が私に寄せられているんだ?
カルメンの目は緑だったはずなのに、赤と青になっているんだ?
なんで、こんなことになっているんだ?
「あんたらは、本当の娘を迎えてハッピーエンドしてたんじゃないの?なんで、氷になってるの?」
わからないし、それどころか困惑と怒りがわいて出てくるのはおかしいことなのだろうか?
今にも氷像になったレオン・バルドーナを砕いてしまいたい、我が物顔で娘と呼ばれているカルメンも……。
でも、今はそんなことをしている場合ではないし、氷像を砕いてしまえば私は罪に問われるだろうし、オリーやドラン騎士団の立場も悪くなるだろう。
「最悪……」
来なければ、良かった。
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