11 ハウさん

声をかけてきたのは家臣の一人、ハウィルデス・バーベイトことハウさんだった。


 普段なら部屋には言ってきた時点で誰かが来たのに気が付くはずなのに王宮で、しかも資料に集中していたからか、普通に気が付かなかった。


「ハウさんだ。こんにちは」


「こんにちは」


 ハウさんは私達が生まれる少し前から国王に使える魔導師であり、エルフであることから魔法にたけ、魔法の腕では右に出る者は早々いないと言われるほどの腕の良さを誇る人だ。


 中性的な顔立ちと、エルフと言う長寿な種族ゆえに幼く、しかも女性と勘違いされることが多いのが長年の悩みだとか。


 二百年近く生きているのに幼女のような扱いされたら、まあね……。


「どうしたんですか?ハウさん」


「君達がトゥウィシュテの森で見つけた古い形式の魔方陣があったでしょう?あれの解読のために資料を見に来たんだよ」


「あの意味が分からんやつですか」


「ふふ、そうそう」


 そういえば、ここには古い形式の魔法に関する資料もあったし、それを目当てに来たんだろう。


「そういう君はどうしたの?“二色の宝石をまとった器”って聞こえたけど、何か魔法でも探してるの?」


 あ、聞かれていたのか。


「魔法じゃないんです。この前、捕まえた邪神教の者から得られた情報を調べようとしてたんですけど、なかなか見つからなくて……。邪神教の言うことをですから適当なのかもしれませんね」


「……それって、どんな情報?僕、研究室に籠りっきりだから、まだ話を聞いてないんだ」


「あれ?そうなんですか?てっきり、ラジェ……ラージェナシュタン様から聞いてるんじゃないかと思っていたんですけれど……」


「最近、来ないんだよね。別件が忙しいとかで……」


 別件?


 ……そういえば、四日前にラジェに会ったときにグランさんに用事があるとかいっていたけれど、それだったりするんだろうか?


 ともかく、ハウさんに緑色のローブから得た情報を共有することにした。


「それで“パンドラ”と“リベア皇国”について調べてたんですよ。“二色の宝石をまとった器”は捕まえた奴が言っていたんですが、全く欠片も見当たらなくて……」


「そういうことか。もしかして、この辺りに集められてる資料は君が読んだの?」


「あ、そうですよ。活字があまり得意ではないので朝にこの部屋に来てから今まで時間がかかってますけどね」


 何時間ここにいたのか自分でも良く分かっていないが、間違いなく言えることは昼食を食べ逃したと言うことくらいだ。


 そういえば、お腹空いたな。


「さらってきた人を生け贄にしてるような輩の言うことに期待したのが間違いだったかもしれません……」


「それはどうだろうね。飛躍してると思うけど、なんの根拠もなしに、あの発言はしないと思うよ?」


「ん〜、そうなんでしょうか?審議はともかく、“パンドラ”について一番情報が集まっているだろう、この場所にない情報をどこかから得たと言うことになりますけど……」


「魔法による未来予知か、遺跡か何かを見つけたか、進行する何かが原因か、単なる出任せかってところかな」


 邪神教の信者が言ってることに期待して調べた私が言うのもアレではあるけれど、単なる出任せの確率が高いだろうな。


「“二色の宝石をまとった器”ね。噂にも出回ってないってことは黒いマントの邪神教達は知らないってことなのかな?」


「それは、どうでしょう?あってもなくても噂の効果は変わらないから言ってないだけかもしれませんよ?」


「噂を流した理由が分からないからなんとも言えないよね。う〜ん……」


 ハウさんが顎に手を当てて考え出した。


 こうなると長い間、考え込んじゃって全く動かなくなっちゃうんだよな……。


 話を振ったのは私だけど、古い形式の魔方陣についての資料を取りに来たのに、ここで油を売ってても良いんだろうか……。


 後々、慌てて資料を用意して忘れ物なんて展開がよくあるんだよね。


 ……資料、出しておこうか。


「ハウさん、私は資料を出してきますからね?」


「ん〜……」


 長考の確定演出、生返事が返ってきた。


 仕方がない、同じ資料室のなかにいるんだし、別に放置したって大丈夫だろうから私が散らかした資料を片付けつつ、古い形式の魔方陣の資料を集めておこう。


 えっと、これはこっちで、アレはここでしょ?それからこの分厚いのはこっちで……。


「一、二、三、四……」


 ……あっれ?数、足らない?これ五枚綴りだったよね?


 あれ?最後の一枚が見つからないって、もしかいsて別の資料に紛れ込んじゃったのかな?


 しまったはずの資料を再度、取り出して無くなってしまった五枚綴りの最後の一枚を探して、結局は棚の下に滑り込んでしまったと言う珍事が起きた。


 資料を引っ張り出すのは完全に徒労に終わってしまい、しょぼしょぼとしながら“リベア皇国”や“パンドラ”についての資料を戻す。


 私が引っ張り出していた資料達を片付けても、まだ考え込んでいるのは変わらなくて、頬をつついても生返事しか返ってこなかった。


「魔法なんてからきしだから、どれが良いとか分からないんだけどな……」


 表では私は魔法が苦手だから使っていないと言うことになっているけれど、その実は体質の問題で魔法が使えない。


 知識を持っているのも対抗策になり得るものと一般的な常識くらいなものだから、古い形式の魔方陣のことなんて微塵も分からないのだ。


「とりあえず、それっぽいの一通り持ってくか」


 知識がないゆえに力業でいくことにした。


 とりあえず古い形式の魔方陣に関係してそうな資料を引っ張り出しては、綺麗になった机に並べていく。


「……“二色の宝石をまとった器”って、子供の頃……。いや、姉さんと一緒に行動してたときだったっけ?とにかく昔、どこかで聞いたとがあるような……。どこだっけ?何で聞いたんだっけ?」


 資料室の奥で魔方陣について書かれている紙と格闘しているとハウさんの声が聞こえた。


 長考が終わったんだろうか?


「どうかしましたか~?」


「なんでもな〜い」


 なんでもないんかい。


「何してるの?何その紙のタワー。よく崩れないね」


「ハウさんの悪い癖が出たので変わりに資料を出してたんですよ。どれがどれだか分からないので、関連してそうなものは持ってきてます」


 私が抱えている紙のタワーは天井につきそうなほどに高くなっていて、机に置くときに机が軋んだのは気のせいだと思う。


「……力持ちだね。鍛えたの?」


「バカ力は生まれつきです」


「ヒト族だっけ?混血じゃなく?」


「純ヒト族ですけど血筋の問題かと」


「……」


「何かいってくださいよ」


 全く、誰も彼も、このバカ力が自前のものだっていると「本当に人か?」って疑ってくるんだからたまったもんじゃない。


 それは本人が一番、疑問に思ってることなのに。


「えっと、資料を持ってきてくれてありがとうね」


「構いませんよ。時間は大丈夫ですか?」


「えっと、ギリギリだけど資料を持ってきてくれたお陰で間に合いそうかな?」


 ハウさんはそう言うと、パパパッと素早い動きで必要な資料と不要な資料を分けていく。


 私は不要な資料をしまいつつ、進展を聞いてみると微妙な感じだと返されてしまった。


 そこまで進んでいないと言うことか……。


 やっぱり古い形式の魔方陣って難しいんだな、と他人事な感想を心の中でこぼしつつ資料をしまっていると必要な資料だけとなった。


 資料を抱えたハウさんとは資料室前別れることになる。


「何か分かったら言うね」


「こちらも情報が入りしだい共有しますね」


 私がそう言った次の瞬間、腹の虫が大きな声でないた。


「……」


「食べるの忘れたらダメだよ?」


 羞恥心から黙っていると、ハウさんにほほ笑まれてしまった。


「研究のことになれば寝食を忘れる貴方に言われたくはありません。それでは、私は食堂にいきますので」


「うん、じゃあね」


 夕暮れ時だけど何か余ってるものがないか食堂の人に聞いてみよう。


 ハウさんと分かれて食堂にいくと、丁度お昼に出されたと言う肉料理のあまりがあったので、それをいただくことにした。


「さすが王宮の料理人、時間を置いても美味しい」


 貰ったお肉を厨房のすみで黙々と食べていると食堂に誰かが入ってきたようで、どうにも少しだけ騒がしい。


 まだ食事の時間と言うわけでもないし、私のようにごはんを食べ損ねた誰が来たにしては、何か違う気がする。


 まあ、私がすぐに呼ばれない辺り、変なことが起きていると言うわけでもあるまい。


 そう判断してお肉を食べていると厨房と食堂を繋ぐ扉が開いた。


 現れたのはオリー、その少し後ろには護衛を交代してくれている新人がワタワタとどうしたら言いか分からないと言ったようすで控えていた。


「シェナ!」


「うぇ!?オリ……ビア様!?」


 いきなりの登場にプライベートの時に呼んでいるアダ名を呼びそうになってしまった。


「大変よ!話をするから部屋にいくわよ」


 ここまで慌てて混乱しているオリーを見るのはなかなかにないことで、いったい何が起こっているのかと思えば手を捕まれてグイグイと引っ張られる。


「え?何がですか?あ、引っ張らないで、お肉食べさせてください。私のごはん〜!」


「まだ食べてなかったの!?待ってるから早く食べなさい」


「わ、わかりました」


 お肉を食べ終えればオリーの私室につれていかれ、オリーが慌てる原因となったことについて聞かされた。


「は?それマジ?これ嘘ならタチの悪い嘘だけど?」


「本当のことを言ってるのよ。だから、こんなに慌ててるんじゃない」


「そ、それはわかるけど……。でも、えぇ……」


 これは確かにオリーが厨房に入ってきたときのように慌てて混乱している状態になるのも納得だ。


 でも、なんで急に?

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