12 来訪

オリーが慌てて混乱して、私がいる厨房に突撃してきた日から一ヶ月がたった。


 城下町にある王宮への直通の大きな通りを黒塗りに馬車が走る。


 その黒塗りの馬車の側面には、アニエス王国とドがつくほど仲の悪いはずであるバースノンク国の王家の紋章が描かれていた。


 私達は王宮にて、一応は客人としてやってきたバースノンク国のお姫様の出迎えとして王族や使用人たち共々ホールに集まっている。


 なんで、なんでこうなってるんだろうか……。


「はぁ……。なんでこう、イベントは続くんだろうな」


 グランさんがため息をこぼした。


 全く持っての同意であるので、静かに頷いておいた。


「凶暴化した魔獣と戦ってる最中だというのに、遠回りしてきてでも今まで寄り付かなかったアニエス王国うちに来るとは、何を考えてるんでしょうね?しかも、来るのは第三王女でしょう?」


「貿易らしいが、正直わからんな。あの国で貿易を担っているのは第一王女だし」


 ……やっぱり疑ってるのは私だけじゃないか。


 オリーが突撃してきた一ヶ月前の、あの日。


 今日、ドがつくほどに仲の悪いバースノンク国の第三王女がやってくると言う話を聞かされ、一瞬何を言っているのかわからなくなってしまった。


 言葉を理解したとき、何か聞き間違いをしたんじゃないかと思って聞き直してみたけれど、返ってきた言葉は同じだった。


 ドがつくほどに仲の悪い……というか一方的に嫌われていて、今までバースノンク国の関係者が貿易以外でアニエス王国に来たことがないのに、いきなり第三王女が来訪すると言うのだ。


 意味がわからなすぎて頭を抱える私にオリーは困惑しつつも、第三王女がアニエス王国に来ることになった理由を教えてくれた。


 貿易、らしい。


 それを聞いた私は“貿易”というアニエス王国に来る理由が嘘とまではいかないけれど、間違いなく何かを隠すための建前があるのでは?と考えた。


 理由は単純、バースノンク国の第三王女がわざわざ出てくることである。


 今までそんなことは一度たりともなかったことはもちろんのこと、第三王女は貿易を学んでいると言う話は聞かないし、それどころか一度も関わったことがないし、関わる素振りもない。


 あの国は、貿易に関しては第一王女が担っている。言い方は悪いが、後釜だとか、予備だとか、そう言うものではないかとも思えたのだが、流れてくる第三王女の噂を聞けば首を振らざる終えないだろう。


 噂だけのないようで判断するのならば、彼女は端的にいってしまえば、とても性格が悪い。


 王宮に入った新人をいびり倒してやめさせたり、気に入らない者のがいれば適当な理由をつけて解雇、しかも金遣いが荒くワガママ放題だとか。


 噂を全てを信じるのもバカの所業だが、疑わざる終えない事情もある。


 一年ほど前のことだったか、プルトペア帝国でのパーティーに呼ばれた日のことだ。


 祝い事のパーティーであり、私たち以外にも貿易関係にある国の王族や貴族が呼ばれており、その中にはバースノンク国の王族達もいた


 その時に起こったことだが、第三王女がプルトペア帝国の貴族令嬢ともめていた。


 もめていたと言っても、第三王女の方が一方的に罵っていたと言うのが正しいのだけれど。


 詳しい内容は分からないが、相手が他国の王族と言うことで貴族令嬢は可哀想なほどに顔を真っ青にして謝り倒していたのを覚えている。


 確か、揉めていた内容はわざとぶつかって飲み物を被せてきただとか、そう言った感じの内容だった。


 パーティーの席で飲み物をひっかけてしまうというのは、たまにある事故だ。だから、別に変なことではないのだが、わざとと言うとなると話が変わると言うものだ。


 悪意があると判断され、国際的な問題にもなりかねない行為である。結果的に和解で終わったが、プルトペア帝国がバースノンク国に強く出られなくなったのも事実だった。


 だからこそ、違和感がぬぐえなかった。


 私が記憶が間違っていないのならば第三王女の側には常に使用人がいたし、相手の貴族令嬢はプルトペア帝国でバースノンク国との貿易を担当している家の娘だった。


 和解の内容も、ドレスの弁償は当然として、貿易に関してバースノンク国を優遇することや通常よりも安価での取引となっていた。


 これらは、貿易に一度も関わったことのない第三王女が提案したものだそうだ。


 これを普段から貿易を担っている第一王女が提案したのならまだ分かるものの、一度も関わったことのない第三王女が提案したとなれば首を捻らざる終えない。


 第一王女が出した提案を第一王女が調整したかもしれないから、一概には言えないけど……でも、どうも、貴族令嬢を一方的に罵っていた姿には、悪意を感じた。


 そんなことがあってから、私の中でバースノンク国の第三王女は警戒すべき対象であり、疑いの目を向ける人物だった。


 初対面に関してはだいぶん昔のことである。


 オリーが正式に王太子妃と決定した年のこと、グランさんの誕生日のパーティーが開かれて第三王女達が招待されていた。


 確か、その時に他国の勘違いナルシストに絡まれていたのを助けたことがあったはず。


 なんかすごい悔しそうな表情をして、お礼も言わずに去ってったけど。


 あの時はスラム上がりである、私達ドラン騎士団が王太子妃の護衛をしていることが気に入らない貴族に絡まれまくっていたので特に気にならなかったけど。


 嫌な慣れである。話がそれた。


 そう言うわけで、私は第三王女がアニエス王国にやってくるのは理由、貿易というのは建前で別の何かがあるのではないかと考えたわけだ。


 一応、何かあったときのために国軍と連携して王宮の警備を固めてはいるし、ネジュに言って情報を集めるようにもしてる。


 ミネルバに頼んで一通りの解毒剤の用意をして貰っているし、はてさて何が起こるやら……。


 そういえば、グランさんの願いで貸し出している諜報活動部隊のなかでも隠密が得意なダフネは元気にしているだろうか。


 グランさんから言い渡された仕事があるからと、数日前から姿をみたくなったけど、向こうも厄介事がなければ良いな……。


 ていうか、ラジェが全然喋らないな……。


 やがて王宮の前でバースノンク国の馬車は止まり、馬車から豪華絢爛といった言葉が似合うドレスを着たバースノンク国の第三王女が降りてきた。


 豪華絢爛というか、ギラギラというか、宝石や光り物が好きなんだなと思う。


「ようこそ、我がアニエス王国へ」


「こちらこそ、お招きいただき感謝いたしますわ。私、バースノンク国の第三王女、ブーティカ・ヴァン・バースノンクと申します」


 二人は笑顔であり、どれだけ警戒していようとも、どれだけ野心を持っていようとも表情を崩すことなく握手をする。


 腹の中で何を考えて分からない狸の化かしあいが始まった。

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