第33話
「そういえばさ。今日まだりんねにおめでとうって言ってもらってないよね」
カフェから出て、次の目的地である雑貨屋さんに向かう途中で彼女は言った。
「十二時になった瞬間にメッセージ送ったじゃないですか」
「でも、会ってからおめでとうって言われてないし……」
「プレゼント渡すときに言いますから、待っててください」
「ふーん? ところでりんね、リボンより素敵なプレゼントってなあに?」
彼女は微笑みながら言う。
……うぅ。
まだプレゼント用意できてないです、なんて言えるはずもない。適当なものをプレゼントするわけにもいかないから困る。今あげられるもので彼女が喜びそうなものって、何かあるだろうか。
「それは秘密です」
「えー」
「あ、つきましたよ」
私は雑貨屋さんの扉を開けた。この前は人が多すぎて風菜に手を引かれないとまともに歩けないくらいだったけれど、今日は比較的空いている。ここはアクセサリーや可愛い小物が多い雑貨屋さんで、風菜はきっと気に入ると思うのだけど。
風菜は興味深そうに店内を歩く。
今日はゆっくりできそうでよかった。そう思っていると、彼女は大きなリボンがついたヘアピンを、私の髪に当ててくる。
「これ、りんねに似合うね」
「さすがに大きすぎませんか?」
「そこがいいんだよ、可愛くて」
「そうですかねぇ……」
「ふうなに似合うそうなのはある?」
「んー……」
赤いリボンをプレゼントした時も思ったけれど、リボンは本当に様々な形や色があって選ぶのが難しい。
私は少し迷ってから、リボンの形になっている黒いシュシュを選んだ。そして、彼女の髪の横にシュシュを持ち上げてみる。
「うん。やっぱり風菜は、落ち着いた色も似合いますね」
「そう? じゃあこれ、自分への誕生日プレゼントにしちゃおっかなー」
風菜は楽しそうに言う。
自分への誕生日プレゼント。その発想はなかった。
私も今度の誕生日は自分に何かプレゼントをあげようかな。シャンパンタワーとか。……いや、なんか違う気がする。
風菜にシュシュを手渡そうとするけれど、彼女は受け取ろうとしない。
私は首を傾げた。
「風菜?」
「……やっぱりいいや。ふうなのリボンは、全部りんねにプレゼントされたのがいい」
「じゃあ、今年のプレゼントはこれにします?」
「それもいい。今年はもうリボン、もらったし」
そう言って、彼女は軽く首を振る。ツインテールがふわりと揺れて、赤いリボンが目に入る。今日も彼女は私があげたリボンを髪に結んでいて、それを見る度になんだか幸せな心地になる。自分がプレゼントしたものを使ってもらえるというのは、嬉しいことだ。
そういえば前に、毎朝風菜の家に行ってリボンを結んであげる、みたいなことを言った記憶がある。
来年は本当にそういうことをしてみてもいいかもしれない。人の髪をいじるのって、意外と楽しいのだ。多分風菜もそう思っていたからこそ、私の髪を頻繁に結ってくれていたのだろう。
最近は色々あったから、朝に彼女の家に行くことはなくなったけれど。
彼女にプレゼントされた赤いリボンは、今日も私の髪をまとめてくれている。私は棚に置かれた小さな鏡を見て、温かな気持ちになった。
リボンより素敵なプレゼントが、思いついたかもしれない。
「今年のプレゼント、期待してるからね」
彼女はそう言って、笑う。
私も微笑んだ。
「はい。風菜が喜ぶもの、プレゼントしますから。楽しみにしていてくださいね」
私たちはその後もいくらか雑貨を見てから、店を出た。結局何も買わなかったけれど、風菜が喜んでくれたからそれで満足だ。
せっかくだからこの前は定休日だった服屋さんにも行ってみようか。
「次はりんねの好きなところに行こうよ。ふうなは十分楽しませてもらったから」
「え。でも、風菜の誕生日ですし」
「りんねが楽しそうにしてるところが見たいの! ……ね、行こ?」
「そう言われましても……」
私は正直、風菜と一緒ならどこだろうと楽しいのだが。
そう言っても多分彼女は満足してくれないだろうな、と思う。頭を悩ませながら街を歩いていると、不意にガチャガチャがたくさん置かれたお店が目に入る。最近ああいうガチャガチャのお店、増えてきたよなぁ。
なんとなく気になって、お店の中に入ってみる。
中は案外混んでいて、ちょっと歩くのが大変だった。でもそれ以上に、色んなガチャガチャがあってテンションが上がる。昔からやっているアニメのとか、食品サンプルみたいなのとか、マスコットのとか。
でもその中で一番気になったのは、リアルな動物のガチャガチャだった。
動物園の動物、というシリーズらしく、中には私の好きなフラミンゴも入っている。
でも五百円、五百円かぁ。
「それ、やるの?」
「んー……」
私は少し考え込んだ。結構痛い出費だけど、こういうガチャガチャって機会がないとやらない気がするし。
……よし!
「やります! 風菜はどうします?」
「ふうなは見てる」
動物にあんま興味ないもんなぁ、風菜って。
小さい頃動物園に行った時、臭いし可愛くないとかいうとんでもない発言をしていたのをよく覚えている。そりゃあ動物だからそれなりににおいはするだろうけど。風菜のお母さんの困った顔は今でも忘れられない。
私はくすりと笑いながら、ガチャガチャを回した。
出た動物は、象。
……うん。うんうん。
象、好きだよ。まあ可愛いし。これはこれで当たりだよね、うん。
「まあもう一回くらいやってもいいですかね」
「りんね?」
「別にフラミンゴが絶対欲しいってわけではないんですけど、一応? みたいな? えっと、両替両替……」
「りんね、まんまとガチャの罠にハマってない?」
「だ、だって! この中で一番象が微妙な動物ですし! せめて、せめてカピバラとかもっと可愛い動物がいいです……!」
「ひどっ。象が泣くよ」
「う、うぅ……。ごめんなさい象さん。でも私は自分の心に嘘をつけないんです……!」
「……しょうがないなぁ。ふうなも一回回したげる」
「風菜……!」
彼女はにこりと笑って、五百円を投入する。
この際象以外ならなんでもいい。カピバラでもクマでもキリンでもなんでも。
カプセルが落ちてくる音がする。風菜はそれを取り出して、中身を開けた。
これは、まさか……!
「象ですね」
「象だね」
「……」
「……」
私たちは顔を見合わせた。なんたる確率。こういうので連続して同じのが出ることって、あんまりないと思うんだけど。
なんだか馬鹿らしくなって笑うと、彼女も笑う。
私たちはお互いに像を見せ合って、くすくすと笑い合った。
「こんなことあるんだね」
「びっくりです。これはもう、かえって運がいいのかもしれませんね」
「あはは、そうだね。お揃いの象さんだ」
「ですねぇ」
もっと可愛いお揃いがよかった、なんて言ったら象に失礼だろうけど。
私は微妙な心地になりながらも、象をバッグの中にしまった。フラミンゴは当てられなかったけれど、いい思い出になったからよしとしよう。
「他に何か回す?」
「ガチャはもうやめにしましょう。沼にハマってしまう気がします」
「りんねってこういうの、すぐ熱くなるもんねー」
「微妙なのが当たると負けた気がするじゃないですか!」
「ガチャガチャに勝ち負けはなくない?」
風菜は負けず嫌いではないから、この気持ちはわからないか。
私は小さく息を吐いた。
デートはこの前と違って、予想外のことが起こることもなく、平和に進行した。服を見に行って、ちょっと街を歩いて、公園のベンチでちょっと休んで。話したり話さなかったり、時にお互いのことを見つめ合ってみたり。
ちょっとだけむず痒いデートは、日没と共に終わりへと近づいていく。
電車に乗って地元に帰ってきた私たちは、そのまま手を繋いで帰り道を歩いた。
プレゼントを渡すなら、このタイミングだろう。
私は一度彼女から手を離して、いつも持っている手帳のページに文字を書いてから、綺麗に破いた。
「風菜。プレゼント、あげます」
私の言葉に、風菜は目を丸くした。
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