第3話 取り憑かれた少年
その日、とある美術館を一組の男女が訪れていた。
側から見ればお似合いの二人組みだ。
男の方は高身長でモデルのように整った顔をしているし、女の方は華奢で肌は白く、清楚系のワンピースがよく似合っている。
しかしこの二人の会話をよく聞いていれば、彼らが普通でないことはすぐ分かる。
普通の男女なら、女が美術館の館内の監視カメラを数えたりしないし、男の目線が前を歩く外国人旅行者のポケットから覗く財布に釘付けになることはない。
普通の二人組みなら、女が男に「ここの警備解除するのにどれくらいかかるかな?」などとは尋ねない。
「見た所赤外線センサーだからな、三分もかからないだろ……でも」
逆説を置くと、由奈は不思議そうに首をかしげた。
「盗って保管する場所がない」
肩をすくめると、由奈はなんだ、と言ってクスリと笑った。
「さすが、プロは先のことまで考えるんだね」
「下手な管理で傷んだら元も子もないからな」
「プロってところは否定しないんだ」
悪戯な笑みで深矢を覗き込む由奈に、思わず笑いが漏れる。
否定すべきだったか。
確かに深矢の本職は泥棒ではない――工作員スパイなのだから。
深矢は、政府非公認の情報機関であるSIG――簡単に言うと工作員スパイ組織――の構成員で、工作本部の特殊部隊、梟に所属している。
「そういえば、最近は何か任務に就いたの?」
由奈は途端に興味をなくしたようだった。展示からクルリと背を向ける。
由奈も同じく工作本部に所属しているが、梟の一員ではない。
「いいや、全く」
特殊部隊といっても高度な任務につくわけでもなく、今のところは暇が仕事だ。
「任務じゃないけど、今度組織の役員が集まるパーティーに梟で行くことになってる。由奈は?」
由奈は由奈で、要人警護などの任務に就いているらしい。潜入などの任務は新人には回ってこないようで、つまらないと愚痴を零している。だが由奈の場合新人だからというよりは、配属されて直ぐに大きな怪我を負ったことが理由にある気がする。
「三日前に、今暴力団に睨まれてる芸能人の警護したよ。最近警護ばっかだな」
暇が仕事よりは充実してそうだが、警護ばかりというのも退屈だろう。
ため息を吐いてから、由奈はチラリと深矢を横目に見て笑った。
「まぁ偉い人のご機嫌取りみたいな仕事よりはマシだね」
「本当だよ。特殊部隊って言っても、扱いの困る奇人変人の寄せ集めって評判らしいからな」
「わぁ酷い。そりゃあ仕事も回したくなくなるね」
そう言われると何も言い返せなかった。
由奈の反応に苦笑で返したところで、二人は美術館の外に出る。
この後の予定は特に決めていない。
「これからどうする?」
尋ねると、由奈は辺りを見回しながら唸った。
せっかくのデートだ。ご飯を食べに行くのもいい。ここの辺りはお洒落なお店も多そうだ。もしくは――
「そこのATMに強盗に入るのはどうだ?」
揶揄い混じりに言ってみる。
「やめてよ、顔バレしたらまた謹慎になるよ?」
「…………そうだったな」
少し意外だった。
てっきり、「どっちが囮役になる?」だとか「もう少し人のいない所を狙おうよ」とかの反応が来るかと思っていた。
「……あれ、私変なこと言った?」
見透かしたような由奈に、深矢は首を横に振った。
どうやら深矢の考えが子供なだけらしい。
「大人になったなって思ってさ。昔は理想のデートはって聞いたら『深夜の高速道路でマフィアとカーチェイスしたい』とか言ってたのにな」
「……私そんなこと言ってた?いつ頃だろう」
「俺が青嶋にいた頃だから、三年以上は前かな」
「中学生の言うことなんて本気にしないでよ。恥ずかしいな……あ!」
突然、由奈に小さく裾を引かれた。
「あのお店行こう。ケーキ美味しそうだよ」
方向を変える由奈に付いて行きながら、ふと思う。
由奈は三年前から、良くも悪くも変わったようだ。言葉を変えれば、普通になった。
対して深矢はどうだろう。
『三年前の事件』以降、それに取り憑かれているかのように、何も変わっていないのではないか。
それを解決しない限り、深矢は何も変われないのではないだろうか。
嬉しそうな由奈の背中を追いかけながら、深矢は少しだけ切なくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます