辺境への蟄居
ゲンツ王国は魔法と錬金術が発達した魔工技術の国で人の居住区は城壁に囲まれた街中だけだと学生の頃は信じていた。
そう、城壁の外に住むなんて正気の沙汰じゃない。
知識を育て魔力を練り出来ることが増えるごとに同年代の幼馴染みたちは姿を消して気が付けば周りにいるのは馬鹿な大人たちばかり。
少しまともな大人と言えるのは『父』となった男だろうか。楽しげにありとあらゆる資料をよこし、成果を出せ。その為に学べと要求する理解しやすい大人だった。
時々会うハメになっていた聖女や王子の相手をすることも面倒臭かった。
何度か「おまえその人見知りなんとかしろ」とか「令嬢泣かすな」とかばかり言ってきていたような気がしている。
するべきだということをしているんだからいいじゃないか。ただ仕事だけをさせておいてくれ。
どんどんと人と接することが嫌になっていっていた。
たおやかに微笑み心地良い空間を作ってくれた侍女は重要書類を持ち出す犯罪者だった。
怒ったり何故か慰めようとする王子や聖女が煩わしかった。
だから、もっと仕事に没頭した。
『父』はそれを良しとした。
『父』の求める要望に応える仕事をすれば何も言わない人だった。
それだけの人だった。
「おまえがいなければ!」
そう『弟』だという男が叫んだ。
職場を焼いた犯罪者だった。
なぜか、王都を追われることになったのは私だった。
何故なのか本当にわからない。
王子と聖女が妙な諦観の吐息をこぼし、王弟がにこやかに「ローレンス邸を貸してあげよう。何年かスローライフを楽しむといい」王都追放を宣言した。
従者をつけるという話を私は断った。
「え。貴方に自活出来るとは思わないのですけど?」
「わかっているか? 田舎暮らしは刺激が少ないぞ?」
「監視員兼護衛にうちの侍従の一人ベイル・ガートンをつける。まぁ、ベイルはローレンス邸近くの城砦街に住んでいるがね。ローレンス邸には家政婦が住み込みでいるから不自由はないよ」
「一人暮らしくらいできますよ」
刺激なんか王都にもなかった。
「時間が出来たらスローライフを満喫しているスコットに会いに行くさ」
来なくていい。
「家政婦がいるなら大丈夫だな」
必要ないのに。
ローレンス邸は信じられないことに城砦街の外にあると言う。
不摂生しているのかベイル・ガートンは随分とふくよかだった。
「よろしく! スコット。ローレンス邸は身ひとつで行っても不自由はないと思うけど、ずいぶんと大荷物だね?」
「一人暮らしに必要になるであろうものを用意した。あと家政婦はいらない。太公様にもそう伝えた」
「えー、あー。家政婦はローレンス邸の管理者でもあるから……、あー、大丈夫かな。スコットの生活が乱されることはないさ。ニューは世話好きだが、母屋に来ずはなれに居てくれと指示は出来るさ」
ニュー?
家政婦の名前か?
城砦街フォーダルに一泊し、食材を買い足し魔導馬車に乗って出た。
城砦を出て魔物が出るという草原を蛇行する道を遅い速度で進む。
「この辺りでは若い子や新人の兵士がよく見回りや薬草摘みをしていますよ。今日はいないようですがね」
そんな情報より出没する魔物を教えてほしいところだがベイル・ガートンは馬車を操作しながら街の特産品や自慢の地元料理らしい名を繰り返す。
ローレンス邸は森に囲まれており、木苺や山葡萄が穫れるのでジャムが美味しいらしい。
「ニュー!」
急に手を振り上げて声を上げるベイル・ガートンに驚かされた。手を振る方向を見れば緑の屋根が見えた。
背の高い木々のむこうに城壁街では考えられない低さと幅の屋根。
ちらりと翻った布の残像。
「さっきのがニュー。ローレンス邸の家政婦で料理上手さんさ」
ペラペラとベイル・ガートンは家政婦を褒め称える。
「私は一人暮らしをするんだが?」
「ああ、でもニューは家政婦だぞ?」
他人には変わらないだろう?
「ニューがそばに居るから一人暮らしが出来るんだぞ? もしスコット、おまえになんかあったら俺が閣下に叱られて物理で首が飛ぶんだからな?」
つまり、自由はないというわけか。
「そういえば、スコットは家事一般できるんだな。王都で働いてたっていうのに凄いな」
「人ができることなら人である以上できるだろう」
「ん?」
ベイル・ガートンが少し考えるように周囲を見回してから私を見る。
「家事をした事は?」
「ないが?」
手引書があればできないことはないだろう。
「ぇえ」
「野営をしたことは?」
「あるわけないだろう。城壁の外に出るのは今回がはじめてだ」
「……えぇえ」
今日から一人暮らし。王都での仕事のような忙しさはないだろう。
しかし慣れない日常はそれなりに時間を潰せることだろう。
「ぇえ。マジかよ」
ベイル・ガートンが呟いた頃、ローレンス邸の入り口が見えた。
魔物避けの結界は張ってあるようだ。
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