第19話 夢見る少女と新たなお友達


 とある日の放課後のことです。


 一人の少年を尾行するゼルの姿がありました。彼が尾行しているのは、実力考査の際に出会ったコスプレ忍者の正体を突き止めるためです。ゼルは、フードの色や服の特徴、そしてチラッと見えた水色の髪が一致することから、ツバキという少年を追いかけていました。


 ツバキは教室内でもフードを被る徹底ぶりで、誰も彼の素顔を見たことがありません。ここ数日、ゼルは彼を尾行していましたが、いつも途中で見失ってしまいます。


「今日こそは話を聞き出すぞ」


 ゼルはそう意気込んで、今日もツバキを追います。


 ツバキは街を抜け、森の中へと入っていきました。


「ここは禁忌エリアの近くの森。立ち入り禁止だぞ」


 ゼルは小言を挟みながら、森の中を掻き分けて進みます。そして、ツバキが立ち止まると、彼は静かに言いました。


「カイセドリーさん。あなたが付いてきているのは分かっています。出てきてください」


 ゼルはすぐに姿を現します。


「なんで俺様だと分かった? それに、なんで今日は立ち止まってくれたんだ?」


「あなたが僕を前から尾行していたのは気づいていました。この禁忌エリアの近くに来れば、諦めてくれるかと思ったんです。でも、これ以上エスカレートすると、何をされるか分かりませんから」


ツバキは堂々とした態度で答えました。ゼルは黙って尾行していたことを謝罪し、さらに問いかけます。


「課外授業の時にメルジーナを助けたのも、実力考査でもみんなを助けてくれたのも、お前だろ? なんで名乗り出ないんだ? 昨日の件なんて、大手柄じゃないか」


 ツバキは顔を赤らめながら答えます。


「僕は目立つのが苦手だから……。それに、余計なことをして怒られないか心配で……」


 その瞬間、草むらから「カサカサ」と音が聞こえました。


「誰だ!?」


 ゼルはすぐに剣を構えます。そして、『パタンッ』と音を立てて、アリアたちが倒れ込むように姿を現しました。


「何やってんだ、お前ら?」


「ふんっ、それはこっちのセリフだ。私たちはただ、怪しい動きをしているゼルを観察していたのだよ」


 ソフィアのその言葉に、ゼルは眉をひそめて「なんだよ、気持ち悪りぃ」と返しました。


 メルジーナたちもすかさず言い返します。


「ゼルのストーカーの方が、よっぽど気持ち悪いわよ」

「そうだ! ストーカーなんて最低だー!」

「スカート?」


「俺様はストーカーじゃねぇ! こいつに話があるだけだ」


「では、私たちもその話に混ぜてもらおうか」

「そうね、私たちにも話を聞く権利があるわ」

「もらおう!」


「ははは……話が進まないよ」


 四人のやり取りに、ツバキは困惑気味に笑います。


「話を戻そう。目立ちたくないお前が、忍者のコスプレまでしてみんなを助けてくれたってことか?」


「コ、コスプレじゃないよぉ。僕は本物の忍者だよぉ。実際はクノイチって言うんだけど……」


 その一言に、アリア以外の一同は驚愕します。


「に、忍者って本当か? 忍者は昔、魔物との戦争で全滅した種族だろ?」


「私も聞いたことがあるわ。彼らはあまりに活躍しすぎて、真っ先に狙われたって」


 忍者は今や昔話の中でしか語られない存在で、これまで確認されたことはありませんでした。


 ツバキのことをまだ少し疑っているソフィアは、少し離れた大木に円形の的を複数設置しました。


「本物の忍者なら、手裏剣が得意なはずだ。この的にきれいに命中させることができたら、信じてやろう」


「それは容易いけど、僕は本物だよぉ」


 ツバキは十枚の手裏剣を構え、美しい完璧なフォームで一斉に投げました。


 手裏剣は見事にすべての的を正確に射止めました。その見事な技に、一同は感嘆の拍手を送りました。


「これで信じてもらえたかな? 僕が本物だって」


「うむ、私は信じよう」


「これは信じるしかないわね」


 ゼルは手裏剣が的に刺さった様子を目の当たりにし、驚きを隠せず「すげぇなぁ」と感嘆の声を漏らした。的に刺さった手裏剣を確かめようと、一歩一歩慎重に近づいていく。


 そして、その的を見た瞬間、ゼルは激昂しました。


「おい! ソフィア! この的、俺様の顔じゃねーかっ! お前、これがしたかっただけだろうっ! ふざけるなぁぁっ!!!」


「バレてしまったようだな」


 周りからは楽しそうな笑い声が響きました。ツバキはその後、手裏剣を回収しました。


 ゼルは自分の顔が描かれた的を燃やして処分しながら、メルジーナに言います。


「洞窟でお前を助けたのも、実力考査の時も加勢してくれたのもこいつだ。ちなみに俺様にお前らが襲われていることを教えてきたのもこいつだ」


 それを聞いたメルジーナは、少し驚いた表情を見せながらも、丁寧な言葉遣いで頭を下げました。


「お礼の言葉が遅れて申し訳ありません。洞窟で動けなかった私を助けていただき、本当にありがとうございました」


「いえ、大丈夫ですよ。お気になさらず。そんなに畏まらなくてもいいですよぉ」


「あら、そう? じゃあ、どうして名乗り出てくれなかったの?」


「本当に君は切り替えが早いな」と、ソフィアが小さく呟きます。


 メルジーナの問いかけに、ツバキは少し恥ずかしそうに答えました。


「さっきもカイセドリー君には言ったけど、僕は目立つのが苦手なんだ。人と話すのもあんまり得意じゃないし。それに、余計なことをしたって自覚もあったからさ」


「そうだったのね。でも、余計なことなんてないわ。こんな形でみんなで囲んでしまって、ごめんなさいね」


「いえ、お気になさらず」


「個人的な質問なんだが、いいか?」ゼルが聞きます。


「なんですか?」


「グレッファの背中に設置していたやつはなんだ? 爆発したように見えたんだが」


 ゼルの問いに、ツバキは左の太ももから小さな杭を取り出し、説明を始めます。


「これは特殊な作りをしている杭なんです。先端に二つの穴があるのが分かりますか? これは、五秒間熱を感知し続けると破裂する仕組みになっているんですよ」


「なるほど。じゃあ、手に持っていたのも同じような特殊な杭なのか?」


 ツバキは杭を戻し、今度は右の太ももから鋭利な物を取り出します。


「いえ、これは『くない』っていう忍者の基本的な武器の一つです。投げて攻撃するのも良し、接近戦で使うのも良しの優れた武器なんですよ」


「カッコいい!」と、アリアが目を輝かせて言いました。


 次にソフィアが口を開きます。


「さっき『クノイチ』と言っていたけど、クノイチって女性の忍者を指す言葉だろう?」


「だから、僕は女の子だよぉ! クラスの自己紹介でも女の子だって言ったよぉ」


「なんだとっ!?」

「なんですって!?」

「ツバキ君じゃなくて、ツバキちゃんだったの?」


 他のみんなもツバキのことを男だと勘違いしていたようで、ソフィアも驚きを隠せません。


「どれ、本当に女の子かどうか、確かめてやろう」


「ぴえぇっ!」


 そう言うと、ソフィアは躊躇なくツバキの胸に手を伸ばし、思い切り掴みました。彼女はそのまま、優しく揉んだり、時には激しく触れたりと、確認を続けます。その光景に、ゼルは顔を赤らめ、そっぽを向いてしまいました。


「い、いつまで揉んでるの……」


「もちろん、確信が持てるまでだよ」


 ソフィアは触れ続けながら、「どうだろうなー? 分からないなー」などと、わざとらしく言い続けました。


「んんっ! もう……ダメ……。『忍法・身代わりの術』!」


 白い煙が立ち上り、煙が晴れるとツバキがいた場所には、大きな木の枝が転がっていました。


「ほほぉ、これはすごい。本物のツバキはどこへ?」


「一瞬で変わることができるのか、便利だな」


 ソフィアが感心した様子で言うと、ゼルも同意します。そして、その瞬間、火照った顔のツバキが空から飛び降りてきました。


「わ、分かってくれましたか!? 僕が女の子だってっ!」


 ソフィアは頷き、「この胸の感触は間違いない。女だ。しかし、同い年とは思えないほどの大きさと弾力だった」と感想を述べました。


「あと、僕がクノイチ……忍者だってことは、みんなには内緒にしておいてくださいね」


 ツバキのお願いに、みんなはうなずき了承しました。すると、メルジーナが提案を持ちかけます。


「ねぇ、この五人でパーティーを組まない? 依頼を受けたり、冒険したりして、みんなでワイワイ楽しむのってどうかな?」


「楽しそう!」


「この天才美少女科学者である私をしっかり守りたまえよ」


「僕なんかが一緒にいていいのかな?」


 ゼル以外は、みんな前向きな反応を見せています。


「ゼルはどう?」と、メルジーナがゼルに問いかけます。


「なんで俺様がお前らとパーティーを組まなきゃいけねーんだよ。俺以外の四人で組めばいいだろ」


 ゼルは興味がなさそうです。


「えーっ! なんでよ! 後から入りたいって言っても入れてあげないわよ?」


「そんなこと言わねーよっ! 俺様は一人で十分だ」


 そう言い残し、ゼルはその場を後にしました。


「あんな奴放っておいて、私たち四人で組みましょ!」


「うん!」


「好きにするがいい」


「僕なんかでよければ」


「みんな、これからもよろしくね」と、メルジーナは右手を差し出します。みんなもそれに合わせて、メルジーナの手に手を重ねました。


 新たにツバキという力強い友達ができたアリアは、満面の笑みを浮かべました。夏季休暇になったら、たくさん遊ぶことを約束し合いました。


 こうして四人は、力を合わせて卒業を目指すことを誓いました。

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