第20話 夢見る少女と初めての水着
「――これにて、前期の授業を終わります。生徒の皆さんは夏季休暇を全力で楽しんでくださいね」
学園長の長い話が終わり、前期が正式に終了しました。
アリアたちは、この夏季休暇を最大限に楽しむため、海に行く計画を立てました。しかし、アリアは水着を持っていません。そのため、今日はみんなでアリアの水着を買いに行く約束をしていました。
メルジーナとソフィアの二人は一度帰宅してから後で合流することになり、先にアリアとツバキが集合場所である『ファッションクイーン・パッション』へ向かいます。このお店は、貴族の間でお馴染みの高級ブティックです。
ツバキと並んで歩くアリアは、少し緊張気味な彼女に声をかけました。
「ねぇ、ツバキちゃん!」
「どうしたの、ヴァレンティンさん?」
ツバキが少し堅苦しく応じるのを聞いて、アリアは微笑んで訂正します。
「ヴァレンティンじゃなくて、私のことはアリアって呼んで?」
「わ、分かりました……。アリア……ちゃん」
ツバキは慣れない様子でアリアの名前を呼びました。アリアの距離感の近さに戸惑いを隠せない様子のツバキは、一歩後ろに下がりつつも、アリアの優しい笑顔に気持ちがほぐれ始めました。
「いつもフードを被ってるけど、寒いの?」
「い、いえ……僕は人に顔を見られるのが恥ずかしいんです。皆さんのように可愛くも美人でもないし……」
ツバキの消え入りそうな声に、アリアは小さく首を傾げました。
「ツバキちゃんも十分可愛いよ?」
「ありがとうございます……?」
アリアの素直な言葉に、ツバキは照れ隠しのように曖昧に答えます。そんな二人の会話が続く中、「お待たせしましたー!」と明るい声が響きました。振り返ると、メルジーナが軽やかに駆け寄ってきます。
「メルジーナちゃん! 今日の服装、可愛いね!」
「お褒めに預かり光栄ですわぁ」
メルジーナは赤と白のチェック柄のドレスを身にまとい、ウエストには大きな白いリボンが結ばれています。スカートが軽やかに揺れ、彼女の少女らしい可憐さを引き立てるシルエットが特徴的です。
彼女の鎧は、以前の戦闘で傷ついてしまい、現在修理中のため、今日はこのような華やかな装いになっています。
そして、四人は水着コーナーに向かいました。
「へぇ、水着ってこんなに種類があるんだぁ。すごーい!」
アリアは初めて目にする水着の数々に、目を輝かせて少しはしゃいでいます。シャマルティスジュニアスクールでは水着を着用しての授業はなく、夏場は近くの川で水遊びをする程度でした。そのため、水着を着る機会がなかったのです。
「本当にすごい数。――うわぁ、すごいお値段、僕の半月分の食費くらいだ」と、値札を見たツバキは驚きの声を上げます。
「えぇ!? ツバキさんは普段、何を食べてらっしゃるの!?」と驚くメルジーナ。しかし、ソフィアは落ち着いた声で、「貴族と一般市民の暮らしを一緒にするんじゃない」と言い、メルジーナを宥めました。
「でしたら、私がアリアさんとツバキさんの水着を買って差し上げますわっ! 私はこれでも稼いでいるのでっ! 今の手持ちでは十着ほどしか買えませんが、選んでくださいまし!」と、すっかりお嬢様モードが発動しているメルジーナです。
「自分で買うから大丈夫だよ?」
「僕も持ってるからもういいかな」
アリアとツバキの言葉に、メルジーナは「ガビーンッ!」と声を上げ、大げさにショックをアピールします。
その様子を見ていたソフィアが、ふと思いついて提案をします。
「ならばこうしよう。アリアの水着はメルジーナが、ツバキの水着は私が選ぶ。お金はみんなで割ればいいだろう」
「私はそれでもいいわ」
メルジーナは即答しましたが、アリアとツバキは顔を見合わせ、少し考えた後に「どうする?」とお互いに確認し合います。
しかし、二人が結論を出す前に、ソフィアは『パンッ!』と手を叩き、全員の注目を集めてから言います。
「よし、それで決まり。さっきのペアで行動して見て回ればいいだろう。十分後にここで集合な」
そう言い残し、ソフィアはツバキの手を引いて水着を見に行きました。それに続いて、アリアとメルジーナも他のコーナーへと歩き始めます。
「アリアさんの水着ー! アリアさんの水着ー!」と、メルジーナは嬉しそうに声を弾ませながらアリアを連れまわしています。
「私、水着を着たことがないから楽しみだなぁ!」
「わたくしにお任せくださいまし! 素敵な水着を選んで差し上げますわ!」
メルジーナの声に励まされながら、アリアも新しい経験に胸を躍らせています。そして、あっという間に十分が過ぎ、四人が再び集合しました。
ソフィアはすかさず、「会計を済ませてくるから、みんな金を出して」と言って、水着を預かりレジに向かいました。
「お会計、二百九十七クオンになります」
「ここに付けといてくれ」
そう言って、ソフィアは財布から一枚のカードを取り出し、店員さんに見せました。
「はい、ありがとうございます。では、こちらに請求先の方のお名前と、お客様のお名前の記入をお願いします」
ソフィアは言われた通りに書類に記入しますが、途中で「おっと、請求先の名前を間違えてしまった。――まあ、いいか。これで頼むよ」と軽く言い、手続きを進めました。
店員さんは記載内容を確認した後、「ありがとうございました」と言い、商品を手渡してくれました。
「どうも」
ソフィアは商品を受け取り、みんなの元へと戻りました。
「みんな、ありがとう!」
「ありがとうございます」
水着を買ってもらったアリアとツバキは、感謝の言葉を口にしました。アリアの水着は当日に忘れないよう、メルジーナが預かることになり、ソフィアは別の買い物があると告げて解散となりました。
アリアはみんなで海に行くのが待ち遠しい様子で、その瞳は喜びと期待に輝いています。
その夜、カイセドリー領内にあるカイセドリー邸にて、ソフィアが帰宅しました。
玄関を開けた瞬間、奥の方からゼルの怒号が響き渡りました。「ソフィアーーーー!!!」
「ほぉ、主人であるこの私を出迎えるとは、良い心がけだな」
「ここの主人は父上だ! お前はただの居候だろうがっ! って、そんなことはどうでもいい! これを見ろっ、この請求書を!」
ゼルは一枚の請求書をソフィアの目の前に突きつけます。
「おぉ、なんだ。もう来たのか。仕事が早いじゃないか。見ての通り、水着の請求書さ」
「『もう来たのか』じゃねーよっ! 水着を買うのは構わないが、請求先は父上にしろって、いつも言ってるだろ!」
それは昼間に購入した水着の請求書でした。ソフィアはカイセドリー邸に居候しており、ゼルとは同じ屋敷で暮らしているようです。
「私だって人間だ。間違いを犯すこともあるさ」
「だったら、この請求書はどう説明する!? こっちはちゃんとあってるじゃないか! 間違えたんなら、すぐに修正してもらえばよかっただろ?」
もう一つの請求書には、ソフィアが別で購入したものが記載されていました。その明細には、試験管や火薬などの項目が並んでおり、実験で使用する道具のようです。
「めんどくさかった。それだけだ」
ゼルはソフィアに水着の請求書を突き出しながら言います。「ふざけやがってぇ! 俺様だってお小遣いギリギリなんだぞっ! この請求書を父上のところに持って行って、お金をもらってこい!」
ソフィアは呆れた様子で肩をすくめながら言います。「おいおい、それが人に頼む態度か? 本当に君ってやつは……」
「そもそも原因はお前だろうがっ!?」
そんなやり取りが延々と続き、最終的にはバロン侯爵が帰宅するまで収まらなかったという……。
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