第18話 夢見る少女と琥珀の虎との決着


「あぁ! 橋がない!」


 目の前の橋が切り落とされ、行き止まりになっていました。


 そして、先ほどの二人が追いついてきました。


 怒りに震えたグレッファが言葉を放ちます。


「さて、もうお前らに逃げ場はない。僕たちから奪った商品も返してもらうぞ」


「嫌だ!」


 アリアは即座に否定します。


「楽しい鬼ごっこも、もう終わりよ、お嬢ちゃん。大人しく降参しなさい」


 リリーシャはスペアの靴に履き替え、戦闘の準備は万全な様子です。


 アリアは「降参しないよ。私の方が強いもん!」と言い、杖を構えました。


「口だけは達者だなぁ! リリーシャ、必殺技の準備をしろ」


「分かったわ」


 最初に動いたのはグレッファでした。自慢のスピードでアリアの背後を取ろうとしますが、アリアはそれに即座に反応しました。


 グレッファの拳を右手で受け止め、左手で持っている杖で顎を強打します。


「ぐおっ。またもや、僕の顔を!!! 許さん、いててて」


 アリアは、掴んだグレッファの右手に力を込め、そのまま持ち上げて地面に叩きつけました。


「ガハッ!」


「覚悟しなさい!」


 アリアはリリーシャからの攻撃を警戒しながら、グレッファを森の中に投げ入れました。


「ブーストエンジン改! ギアチェンジ!」


 リリーシャがそう叫ぶと、彼女のブーストシューズが変形を始めます。踵とつま先の部分が入れ替わり、円形の砲台が現れました。


「死んでも恨まないで頂戴ね。『エナジーバーン』発射まで、十秒前!」


 アリアは内心、『ちょっとやばいかも?』と焦り始めました。自分一人なら避けられるが、自分が避けてしまうと、後ろのみんなに当たってしまいます。少し迷った後、受け止める覚悟を決めました。


 そしてカウントダウンが終わり、放たれようとした瞬間、森の中から「『飛翔風』!」という声が響き、激しい風が巻き起こります。リリーシャはその風に吹き飛ばされました。


 森の中から現れたのはゼルでした。


「あ! ゼルだ! 助けてくれてありがとう!」


 ゼルは「勘違いするな。別にお前を助けたわけじゃない」と冷たく言い放ちました。


「そうなんだ。でもありがとう」

「俺様たちの邪魔になるな。子どもたちに怪我をさせるんじゃねえぞ」


 アリアは素直に頷き、子どもたちを守るように後ろへ下がりました。


 しかし、その時、「僕の邪魔をするなぁぁっ!」と怒り狂ったグレッファが再び襲いかかってきました。けれども、その瞬間、別の人影が現れ、彼を地面に叩きつけました。


 その人物は、以前洞窟内でメルジーナを助けてくれたフードを被った男でした。深い紺色のフードを頭に被り、その下からはサファイアのように澄んだ目が冷静に周囲を見渡しています。フードの隙間からは、淡い水色の髪がちらりと覗いており、その身軽な動きと相まって、まるで忍者のような印象を与えます。


「あ! いつも高い所にいるお兄さんだ!」


 アリアはその男の姿を何度か見かけていたようで、親しげにそう声をかけました。


「お兄……さん?」と、忍者のような風貌の人物が戸惑いながら返します。


「なんだ貴様たちは! 僕たちの商品を横取りしに来たのか!」


 怒りを露わにするグレッファに対し、ゼルは冷静な口調で応じます。


「お前たちは、ハンターギルド『琥珀の虎』だな。そして、指名手配中の『グレッファ・デビローゼ』と『リリーシャ・アンジャレル』。お前たちをギルド警備隊に引き渡す」


「ふんっ、あたしたちがそう簡単に捕まると思ってるのかい? 任務はもう少しで完了するんだ」


「俺様に捕まるのが任務か? よく分かってるじゃないか」

「調子に乗ってんじゃないよ! 坊ちゃんも、たっぷり可愛がってあげる!」


 リリーシャはジグザグに移動しながら、素早くゼルに接近します。


 ゼルは左手で剣の柄をしっかりと握り締め、右手の親指と中指で剣の棟をつかむと、切っ先に向かって指をスライドさせながら静かに言いました。


「来い、火の精霊サラマンダー! 精霊剣技、『業炎剣・バーナーブレイド』!」


 ゼルが呼びかけると、可愛らしい姿をした火の精霊サラマンダーが現れ、嬉しそうに笑いながらゼルの剣に炎を纏わせました。


「ふんっ、大したことをするのかと思えば、ただの炎を纏った剣か。そんなもの、いくらでも見たことがあるわ。珍しくもないわね」


 リリーシャが不敵な笑みを浮かべて言い放ちますが、ゼルは鼻で笑いながら「それはどうかな?」と答えます。


 ゼルが剣を一振りすると、炎の斬撃が飛び出し、リリーシャに向かって迫ります。リリーシャはそれを蹴り飛ばそうとしますが、斬撃が彼女の足元で高音を立てて爆発しました。


「くっ……ブーストシューズが……!」と靴の損傷を気にしている間に、ゼルはすかさずリリーシャの胸を狙い、剣を突き出します。


 リリーシャは素早く体を逸らして避けますが、ゼルはそれを見越していたかのように彼女の首元を掴み、そのまま地面に叩きつけました。


「ガハッ!」


 ゼルは剣を地面に突き刺し、「『天地衝』」と冷静に呟きます。


 ゼルを中心に三方向へ衝撃波が走り、地面に大きな穴が空き、リリーシャはその衝撃で突き上げられました。


 リリーシャが再び地面に落ちてきた瞬間、ゼルの攻撃はさらに続きます。


「精霊術コンボ、『飛翔風』!」


 割れた地面から強風が巻き起こり、リリーシャはさらに高く上空へと投げ出されました。


「い、いやぁー!」


 ゼルは剣を納め、フードの男に視線を向けます。


「加勢は必要か?」


「いえ、大丈夫です。もう終わりです」


 フードの男がそう答えると、リリーシャが空から落下してきました。しかし、彼女は既に気を失っており、反応はありません。


 その時、グレッファが再び襲いかかろうとしましたが、フードの男は冷静に人差し指と中指を立て、「『忍法・杭薙喰血くいなぐち』」と呟きました。


 瞬く間に、男はグレッファの背中に二つの特殊な杭を打ち込みます。その杭は破裂し、グレッファの背中から血飛沫が飛び散りました。彼が近づく間もなく、フードの男は目にも留まらぬ速さで一閃します。


「あ……あぁ……」


 その場に力なく倒れ込むグレッファ。彼とリリーシャは、無抵抗のまま紐で厳重に拘束されました。


 ゼルたちの活躍により、琥珀の虎を無力化することに成功しました。


 ゼルはフードの男にお礼を述べます。


「あなたのおかげで、無事に子どもたちを救出できました。ご協力、本当にありがとうございます」


「いやいや、僕は特に何もしてないよ」


「あなたって、もしかして……」


 ゼルが何かを言いかけると、フードの男は「さすがにバレちゃったか」と、頭を抱えました。


「忍者に憧れている人ですか? コスプレがよく似合ってますね」


「ち、違うよぉ! コスプレじゃないってば!」


 その時、一報を聞きつけたグスタフとルフォンがその場に現れます。


「なんだぁ? もう終わっちまってるじゃねーか。急いできたのに損したぜ」


「グー君がチンタラしてるからだよっ!」


「しょうがねーだろ、歩きにきーんだから」


 ルフォンはメルジーナたちにも聞こえるように、「みんな、ありがとう! お疲れ様! ハンターギルドと子どもたちは私たちが連れて行くから、君たちは試験に集中してねー!」と元気よく言いました。


 その後、ルフォンはゼルに近づいて話しかけます。


「あー! ゼル君様だぁ! やっぱり君が全員倒しちゃったんだねっ! すごいすごーい!」


「ゼルでいいですよ、エンジェ先輩。あそこに寝ている役立たずとは違いますから。それに、あそこにいた忍者のコスプレの方が助けてくれたんです」


「ん? 忍者のコスプレの人? どこにいるの?」


 ゼルが手を置いた場所には、誰もいませんでした。


「あれー? おかしいなぁ。さっきまでは確かにいたんだけどなぁ」


 こうして、ハンターギルドとの対決に決着がつきました。そして、実力考査も無事に終了しました。


 内容は先生たちが隠した宝箱を見つけるという簡単なものでした。


――放課後――


 アリアは学園長に手紙を渡そうと、再び学園長室を訪れました。


 ノックをしても反応がないため、諦めて帰ろうとしたその時、アリアの背後に大きな影が映りました。


 振り向くと、そこには疲れ切った学園長が立っていました。


「あ! 学園長! ママから手紙を預かっているの」


「アリア……ヴァレンティン……。魔道具……」


 不気味に微笑む学園長に、アリアは驚きます。


「学園長、どうしたの? 体調でも悪いの?」


 アリアの問いかけに、学園長はハッと我に返りました。


「あら、ごめんなさいね。あなたのお母さんのメディのことを思い出していたの。早速、手紙を預かりましょう」


「ママの話、聞きたい!」


 アリアは学園長に手紙を渡しました。


「後でゆっくり読ませてもらうわね。それと、あなたのそのペンダント……見せてもらえるかしら?」


「これ? いいよ!」


 学園長は鼻息を荒くし、恐る恐る手を伸ばしました。


 しかし、ペンダントに触れる直前、突然それが緑色に光り始め、暴れるように揺れ出しました。


「ぐあぁぁっ! な、なんだこの光は! なぜ抵抗するんだぁっ! なぜ我を拒むっ!?」


 アリアもその輝きに目を伏せます。


 光が消えると、そこには冷や汗をかき、息を切らしている学園長がいました。


「なに、今の? 学園長、大丈夫?」


 アリアは学園長を心配そうに見つめます。


「だ、大丈夫ですよ……ううっ、すみません、今日はこれで失礼します。また明日」


「また明日ね! お大事に!」


 きつそうな学園長を見送ったアリアは心配しつつも、手紙を無事に渡せたことで少し安心した様子でした。

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