第17話 夢見る少女とvs琥珀の虎 


「おぉ、これはこれは。商品の納品を前に、上物のお嬢ちゃんが三人も揃っているとは。これは良い土産になりそうですね」


「あたしゃ、こんな弱そうな小娘を痛ぶる趣味はないよ」


 実力考査二日目の朝、アリアたち三人は近くの山で野宿をしていました。起床して片付けを始めた矢先、突如、二十名近くの集団がアリアたちを取り囲みます。


 彼らはハンターギルド『琥珀の虎』の一味。主な活動は、依頼を受けた人物の拉致や人身売買で利益を得ること。ギルド内でも「有害指定集団」に認定されている悪名高い存在です。その中でも、団長のグレッファと副団長のリリーシャは、個人でも指名手配されている要注意人物として知られています。


 周囲には、大きな檻の中に閉じ込められた複数の幼女たちの姿が見えました。


 グレッファは二十二歳で小柄な白髪の男性。メガネをかけた外見とは裏腹に、彼の犯罪歴はジュニアスクールなどに侵入しての幼女誘拐や監禁、暴行といった凶悪なものです。


 一方、リリーシャは二十四歳で、赤紫色の長髪が特徴の高身長の女性。左頬に細い傷があり、グレッファと同様の罪を犯しているだけでなく、結婚詐欺の容疑もかけられています。彼女はこのハンターギルドの中でも特に危険視されている人物です。


 メルジーナはギルド警備隊に所属しているため、『琥珀の虎』の名を聞いた瞬間に彼らの正体を見抜きました。


 アリアたちは即座に戦闘体制に入ります。


「みなさん、商品を傷つけずに丁寧に納品するのが我々の仕事です。くれぐれも扱いを間違えないようにお願いしますね」


 グレッファの号令と共に、団員たちが一斉に襲いかかってきました。


「悪く思うなよー!」

「さぁ、痛い目に遭いたくなければ大人しくしな!」


 ソフィアはアリアを盾にしながら、鞄の中を探りつつ、命令を出します。


「アリア、子どもたちを解放する前に、あの悪い奴らを蹴散らすんだ」

「分かった!」


 アリアは迫り来る団員たちを杖で次々に蹴散らしました。


「まだまだーっ!」


「大人しくするのは君たちだ。少しの間、眠っているがいい」


 そう言いながら、ソフィアはアリアにガスマスクを着けさせ、透明な瓶に入った液体を団員たちの中心に向かって投げつけました。


 瓶が割れると、液体が地面に広がり、周囲に甘い香りが漂い始めます。


「なんだっ!?」

「なんだか甘い匂いが……ふわぁぁ、眠気が……」


 甘い香りを吸い込んだ団員たちは、次々とバタバタと倒れていきました。


「範囲が広すぎたか……アリア、この匂いを吸い込まないようにな。後は頼んだよ……」


 ソフィアはそう言い残し、アリアの背中に寄りかかるようにしてそのまま眠りにつきました。


「ソフィアちゃん!? 前が見えないよー!」


 その声を聞いたメルジーナが心配してアリアに声を掛けます。


「アリアさん!? 無事ですか!」

「私は大丈夫だよ!」とアリアはすぐに返事をしました。


 しかし、ソフィア用に作られたガスマスクはアリアには少し大きく、上手く着けられていません。それでも、ソフィアの睡眠アロマは強力で、団員たちの半分以上を無力化することに成功します。


 一方、メルジーナは残りの団員たちと激しく戦い、さらに半分近くの団員を気絶させました。


 残るは団長と副団長、そして数名の団員だけです。


「まあいいでしょう。後ろの二人は任せます。リリーシャさん、僕と一緒にこの赤い娘を無力化しましょう』


「イエス、ボス!」

「あいよ団長。――二対一になって悪いわね。恨むなら、そこの無能なお友達を恨みなさい」


 その言葉に、メルジーナは怒りをあらわにします。


「私の友達に無能な人なんていないわ! 二人まとめてかかってきなさい!」


「その生意気な口、黙らせてあげるわ。はぁっ!」


 リリーシャは鋭くメルジーナに迫り、右足で蹴りを入れようとしますが、メルジーナは素早くそれを避けます。しかし、リリーシャの靴底から突然薄い円形の刃物が飛び出し、メルジーナの鎧を擦りました。


「危なっ!」


「よく避けたわね。でも次はあなたの可愛らしいツインテールを切り落としてあげる。エンジンブースト、展開!」


 リリーシャの靴の踵から小さな炎が吹き出し、彼女は空中へと飛び上がり、踵落としを繰り出します。メルジーナは咄嗟に剣を構え、それを弾き返しました。


 その隙を狙い、グレッファが動き始めます。


「では、僕も参戦させてもらいますよ。僕はスピードが自慢なんです。ついてこれますか?」


 そう言うと、グレッファは目にも止まらぬ速さでメルジーナの周りを動き回ります。


「何て速さなの……目が追いつかない!」


 グレッファの動きに合わせるように、リリーシャもブーストをかけた状態でメルジーナの周囲を回り始めます。


 リリーシャが突然急旋回し、メルジーナに蹴りを入れようとしますが、メルジーナは剣で攻撃を試みます。しかし、リリーシャは攻撃をかわし、後方に素早く下がりました。


「しまったっ!」


 その瞬間、グレッファがメルジーナの背後に回り込み、首元を狙って飛び蹴りを繰り出しました。メルジーナはその衝撃に耐え切れず、地面に倒れ込んでしまいます。


 リリーシャは倒れたメルジーナを足で押し返し、仰向けにさせると、その胸に足を乗せました。


「なーんだ。全然大したことないじゃん。この鎧、刻んでやろうかな」


 リリーシャは靴底の円形の刃物を回転させると、『キュイーーン』という甲高い音が響き、メルジーナの鎧を切り刻み始めました。


「いやぁぁぁあーーー!」


 メルジーナの悲鳴が響くと、檻に閉じ込められていた子どもたちも恐怖に震え、泣き叫びました。


「ゆっくり、ゆっくり刻んであげるわ。さぁ、もっと絶望の声を聞かせて頂戴!」


 リリーシャが高笑いする中、グレッファが冷静に声をかけます。


「リリーシャさん、切り刻むのは鎧だけにしてくださいね」


「分かってるわよ。ちゃんと手加減してるんだから!」


「それならいいんです」


 その時、アリアは団員たちを倒してガスマスクを外し、メルジーナのもとへ駆け寄りました。


「メルジーナちゃーん!」


 アリアに気づいたグレッファは、素早く彼女に蹴りを入れようとしましたが、アリアは見事にジャンプして避けます。


「ほぉ、避けましたか。なかなかの反応速度ですね」


 アリアは眠っているソフィアをそっと抱きかかえ、一言つぶやきます。


「ソフィアちゃん、ごめんね」


 そう言うと、アリアはソフィアを空高く放り投げました。その間にリリーシャに接近しようとしますが、リリーシャは後ろに下がります。


「その可愛い服、今度は刻んでやるわ!」


 リリーシャは再びブーストエンジンを使って加速し、攻撃を仕掛けようとしました。しかし、アリアはリリーシャの攻撃を見事にかわし、その足をしっかりと掴みました。


「なにっ!?」


「メルジーナちゃんをいじめるなんて、許さないよ!」


 アリアの言葉には決意と怒りがこもっており、リリーシャはその力強さに一瞬たじろぎます。今度はアリアが攻勢に出る番です。


 足を掴んでいる間に、アリアはグレッファの飛び蹴りを首元に受けましたが、わずかによろけただけで耐えました。


 次の瞬間、アリアはリリーシャの金属製の靴をその強力な握力で粉砕し、背後にいたグレッファの顔面に全力で拳を叩き込みました。


「このブーストシューズを握力だけで壊すなんて、可愛くないねぇ、お嬢ちゃん」


 グレッファは大きな木にぶつかり、震える声で「許さない……絶対に許さんぞ」と呟きました。


 アリアの拳が顔面に直撃した彼の顔は、前歯が四本折れ、そこから大量の血が滴り落ちていました。


「グレッファ! 大丈夫かい?」

「大丈夫なわけないだろ……僕の美しい顔が……綺麗な肌が……こんなにも穢されたんだぞっ! 紫髪の女! お前だけは絶対に殺す! その顔をグチャグチャにしてやるからなっ!」


 アリアは軽く舌を出し「ベぇーっだ!」と挑発すると、メルジーナを回収し、驚異的な跳躍力で木の上に飛び乗り、落下してきたソフィアを見事にキャッチしました。


 そのまま、子どもたちが閉じ込められている檻の上に降り立ち、メルジーナとソフィアを乗せると、「ごめんね、もう少し待っててね」と優しく声を掛けました。


 子どもたちは「うん!」「お姉ちゃんありがとう!」と感謝の言葉を返しました。


 アリアは彼らを守る決意を新たにし、台車を引いてその場を離れました。


「リリーシャ! この先は行き止まりだ。早く追いかけて始末しろ」

「そうしたいが、片方のブーストシューズが壊されて動けない。スペアに履き替えたらすぐに行く」


 腰の低かったグレッファの口調はいつの間にか荒々しいものに変わっていました。


 グレッファは血まみれの顔を乱暴に拭い、リリーシャが新しいシューズに履き替えると、二人はアリアたちの後を急いで追いかけました。

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