第16話 夢見る少女と二人の決着!

 瓦割り対決を経て、アリアは見事に合格点を獲得しました。


 ソフィアは六十二点、メルジーナは五十四点で、わずかにソフィアがリードしています。最後の勝負は、ミステリーランで決着をつけることになりました。


 三人は、開催場所である北グラウンドに向かいます。濃い霧をかき分けると、そこにはたくさんの生徒たちが集まっていました。


 そして、アリアたちは予想だにしない光景を目にしました。


「な、何よあれ! みんな何してるの!?」

「ふむ、寝ているな」


 アリアたちが見たのは、ミステリーランに挑戦しているはずの生徒たちが、倒れ込んで眠っている姿でした。


 周りの生徒たちも何が起こっているのか分からず、ざわついていました。


 次のグループがスタートしましたが、走り出してすぐに倒れたり、座り込む生徒が続出しました。


 制限時間がやってきて、その生徒たちは失格となりました。


 そして、ついにアリアたちの番がやってきました。スタート前、ソフィアは参加していた生徒の服から何かを採取し、それを試験管に入れて観察しました。


「なるほど、これは厄介だ」


彼女の言葉に、メルジーナはすかさず尋ねました。


「何か分かったの?」


「もちろん。私は天才美少女科学者だからね。まあ、せいぜい頑張りたまえ。私は文化祭でのメルジーナとゼルの漫才が楽しみだよ」


 ソフィアは挑発的に笑い、メルジーナに軽く皮肉を言いました。


「ふんっ、勝つのは私よ!」


 そのまま、三人はスタートしました。


 しかし、ソフィアは動かず、その場で待機しています。それを見たメルジーナも、その場で立ち止まりました。


「どうした? 先に行きたまえよ。それともあれかね? 怖気ついたのかい?」

「バ、バカ言わないでよ。そんな訳ないじゃない。そっちこそ、先に行きなさいよ」


 互いに譲らぬ態度で、静かな緊張が漂います。


 ソフィアとメルジーナは、お互いに先に行かせようと押し問答をしています。


「貴族の娘っていうのはあれかね? 一般人を盾にしないと歩けない臆病者なのかい?」

「はぁっ!? そんな訳ないじゃない!」


 そんな言い合いをしている間に、先に動いた生徒たちは次々と倒れ始めます。ある生徒はその場で眠り込み、別の生徒は体が痺れて動けないと苦しんでいました。


 アリアは、近くで痺れて動けない男子生徒に近づいて声をかけます。


「大丈夫? 歩ける?」


 しかし、声をかけられた男子生徒は、何か恐ろしいものを見たかのように怯え、目を見開きます。


「あ、ああ! ち、近づくなー! 俺を食べても美味しくないぞっ! や、やめてくれ、お願いだー!」


 その言葉に、アリアは一瞬驚きますが、すぐにいたずらっぽく笑って、顔の前で手を上げ、両手の爪を突き出して言います。


「ガオーッ! 食べちゃうぞー!」


「ひやぁぁぁっ!」と叫んだ男子生徒は、慌てて転がりながら逃げていきました。


 アリアは「ありゃ」と呟いて、首をかしげます。


「アリアさん、可愛いわぁ。私も食べられたい……」と、メルジーナがうっとりとした表情で言いました。


 そのメルジーナの発言に、ソフィアは少し引いたような表情を浮かべました。


 ソフィアはゆっくりと歩き始めましたが、突然頭を抑えて立ち止まりました。立ち眩みがしたようです。


「むっ、ついに私もやられたか……いや、あの霧から既に……だったか」


 彼女は自分に何が起こっているのかを独り言のように考え込んでいました。


「何をブツブツ言ってるの? まだ何も起こってないじゃない。だらしないわねー。ね、アリアさん。もう放っておいて先に行きましょう」


 メルジーナはそう言いながら、近くの木の枝に無意識に手を伸ばして絡めます。


「ん? 私はこっちだよ?」


 その声に反応したメルジーナは驚いて声の方を向きます。


「あぁ! 私としたことが! 本物のアリアさんはこっちね。ごめんなさいね。あー、アリアさんのお肌スベスベだわー」


 そう言いながら、彼女は近くの大きな岩に体を寄せて撫で始めました。


「んん?」


 アリアはその行動に戸惑い、首を傾げます。


「ソフィアちゃん?」


 その時、ソフィアがアリアの手をしっかりと掴んできました。


「ママ……抱っこ……」


「ソフィアちゃん、可愛い! よーしよし、いい子いい子」


 アリアは優しくソフィアの頭を撫でてから、彼女を抱き上げました。ソフィアはアリアの腕の中で安心したように目を閉じ、すぐに寝入ってしまいました。


 その光景を見ていたメルジーナは、ふらふらと周りを見渡しながら言います。


「あー! アリアさんがいっぱい! なんて幸せなの!」


「メルジーナちゃん、それは木だよ?」


「えへへぇ」


 メルジーナは夢見心地のまま、木に寄りかかって微笑みました。霧の中で、彼女たちは徐々に幻覚の影響を受け始めているようでした。


 困り果てたアリアは、二人を置いて先に進むことにしました。


「ごめんね、二人とも。私、先に行ってるね」


 アリアは二人を大きな岩のところに寝かせ、そっと立ち上がります。


 アリアが道を歩いていると、突然空から鉄檻が落ちてきて、彼女を閉じ込めました。


「わぁっ! ビックリしたぁ」


 驚いたアリアは一瞬戸惑いましたが、すぐに鉄檻を両手で掴み、力強く捻じ曲げ始めました。まるで鉄を紙のように扱い、自分が通れるだけの隙間を作り、外に抜け出しました。


 次の瞬間、三つの丸岩がゴロゴロと音を立てて転がってきました。しかしアリアは、全く動じることなく拳を振りかざし、一撃でそれらを粉砕しました。


 さらに、魔物が現れたり、蔦の罠に引っかかる場面もありましたが、アリアは一切の躊躇なくこれらを次々と打破していきました。


 そして、ゴールの字幕が見えてきたとき、そこには複数の先生が立っていました。


「あ! スパイク先生だ!」


 アリアは嬉しそうに声を上げながら走り寄ります。


 アリアに気づいたスパイク先生は表情を険しくし、突然髪の毛の棘を地面に突き立てました。


「悪いな、ヴァレンティン。これより先は行かせられない」


 スパイク先生はそう言うと、戦闘体制を取ります。


「どうして?」


「俺たちの教師としての生活が懸かっているんだ。これ以上、生徒をゴールさせるわけにはいかない」


「ふーん、そうなんだ!」


 アリアは少しだけ首を傾げ、興味深そうに彼の言葉を受け止めました。しかしその瞬間、背後から『ドドドッ!』と大きな音が響き渡り、何か巨大なものが近づいてくるのが感じられました。


 アリアは背後を振り返り、砂埃の中にいる二人を確認しました。


「あ! メルジーナちゃんとソフィアちゃん!」


 砂埃を巻き上げながら激しく走り続けるその二人は、互いのほっぺたを抓りながら競争していました。


 ソフィアは近づくと勢いよくメルジーナを後ろに投げ倒し、アリアに向かって叫びました。


「アリア! 走るんだ!」


「分かった!」


 アリアは即座に答え、全力で走り始めます。倒れたメルジーナは「いきなり何すんのよっ!」と文句を言います。


 するとソフィアは、アリアの背中に飛び乗り、得意げに言いました。


「さらばだメルジーナ、これで私の勝ちは確定だ!」


「この裏切り者ー! 一緒にゴールしようって言ってたじゃないっ!」


 メルジーナの叫びに対し、ソフィアはドヤ顔で返します。


「はっはは。私が本当にそんな約束を守ると思ったのかね? 敗北の味を噛み締めるがいい! さぁ、アリア、先生たちは我々の邪魔をするみたいだ。全員吹っ飛ばしてしまえ!」


「任せてソフィアちゃん!」


迫り来るアリアたちに対し、スパイク先生は焦りながら「ヴァレンティン、止まれー!」と叫びますが、アリアはそのまま体当たりでスパイク先生を吹き飛ばしました。


 次々と迫り来る他の先生たちも、アリアは体一つで弾き飛ばしていきます。


 そして、アリアたちの前に新たな刺客としてカイナ先生が立ちはだかります。彼女はボードを掲げながら言いました。


「最終問題です! この漢字を読んでください」


 カイナ先生のボードには『鸚鵡』、『躑躅』、『齷齪』の三つの漢字が書かれています。


「左から、おうむ、つつじ、あくせく」


「せ、正解です…」


 ソフィアの即答に、カイナ先生は驚き、膝から崩れ落ちるようにその場に座り込みました。アリアも「ソフィアちゃんと同じ!」と叫びながら、カイナ先生を通り過ぎます。


「正解ですー」


 その後、メルジーナも追いかけるように「前と同じく!」と言って通り過ぎました。


「正解ですぅ」


 ソフィアは背後を確認すると、メルジーナとの距離が縮んでいることに気づきました。焦りを感じたソフィアは、何か策を考えようと鞄の中を探り始めました。


「アリアさん! 後ろから攻撃が来ています! 右に避けてその場で思いっきり回転してください!」


 メルジーナの呼びかけに、アリアは即座に「分かった!」と応じ、右へ素早く避けました。それに気づいたソフィアは焦り、慌てて言葉を投げかけます。


「アリア! 奴の言葉に耳を貸すな! そのまま走るんだ!」


しかし、ソフィアの言葉は届かず、アリアはその場で回転を始めました。


「うわぁぁぁっ!!!」   


 必死にアリアにしがみついていたソフィアでしたが、回転の勢いで手を離してしまい、脚の力だけで何とかその状態を保っています。


「お先ですわ!」


 その隙を突いて、メルジーナが二人を追い抜きました。


 勝利を確信したメルジーナでしたが、限界に達したソフィアの足が、ついにアリアから離れてしまいます。


「あっ……しまっ!」


その勢いで、ソフィアは驚くべきスピードでゴールの方向へと飛んでいきます。


「あぎゃっ、あぁぁぁっ!」


そして、ソフィアはメルジーナの背中に激しくぶつかり、二人ともその場に倒れ込んでしまいました。


勢いは失われましたが、ソフィアは顔面から地面に叩きつけられつつも、なんとかゴールしました。


 回転を終えたアリアは、倒れ込んでいるメルジーナに近づきます。


「メルジーナちゃん、大丈夫? 敵の攻撃から守ってくれたんだね! ありがとう!」


「ど、どういたしまして……ですわ……」


 アリアは倒れているメルジーナを抱え、二人で一緒にゴールしました。


 三人は五十得点を獲得し、合格点に達していなかったメルジーナとソフィアも無事に合格することになりました。


 そして、ゴールに早く到達したソフィアが勝利者となり、文化祭での個人出し物として、ゼルと一緒に漫才をする役割はメルジーナに決まりました。しかし、肝心のゼルの承諾はまだ得ていません。果たしてゼルがこの挑戦を受けるのか、その続きはまた別の物語で語られることになるでしょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る