第15話 夢見る少女と瓦割り対決

 そして、時間が経ち、十六時になりました。


 学園全体に響くスピーカーから、一つのアナウンスが流れます。


「生徒の皆さん、お疲れ様です。突然ですが、本日十七時より、ビーリス公爵提案の特別種目、ミステリーランを北グラウンドにて開催いたします。ルールは至ってシンプルです。五分以内に、何が起こるか分からない、ドキドキが溢れる三百メートルの直線コースを駆け抜けてゴールするだけです。ゴールした生徒には五十ポイントが付与されます。たくさんのご参加をお待ちしております」


 その放送を聞いた生徒たちは歓声を上げ、ざわめきが広がりました。彼らの大半は、おそらくまだ合格点に達していない生徒たちでしょう。


 ちょうどその頃、アリアたちは瓦割りの種目に挑もうとしていました。ソフィアの策略に対してメルジーナも善戦しましたが、惜しくも勝利を収めることはできませんでした。


 現在のポイント状況は、アリアとソフィアが五十八点、メルジーナが三十八点。このままではメルジーナが不憫だと感じたソフィアは、メルジーナに次の種目を選ばせてあげることにしました。


 メルジーナは、ソフィアが不正を働く余地のない、かつ自分が勝つ可能性が高い競技を選びました。


 その競い合っていた二人も、ミステリーランの放送を耳にしましたが、ちょうどそのタイミングは悪く、これから瓦割りに挑戦するところでした。


 メルジーナは興味深げにソフィアに話しかけます。


「さっきの放送、聞いた? ゴールすれば五十ポイントが貰えるんだって」

「破格のポイントだが、何か裏があるだろうな。私とアリアはそんなリスクを冒さなくても、もう十分に合格点に達している。わざわざ危険を冒す必要はない」


「ふーん、じゃあ私はこれが終わったら参加してみるわ」

「好きにするがいい。私たちは私たちの方法でやらせてもらう」


 そんな会話が交わされる中、セレス先生が、一束十枚重ねられた瓦を生徒たちの前に運び始めました。


「あ、セレス先生だー! こんにちは!」

「おぉ、アリアじゃないか! 元気にしてたか?」

「うん! 元気だよ!」

「それは良かった。この瓦を全部割れるか試してごらん」


 セレス先生は男勝りな性格で、長い三つ編みを左側に垂らしています。透き通るような銀色の髪と瞳が印象的な女性です。


 彼女は体育の担当であり、アリアの圧倒的な強さに一目置いている人物でもあります。セレス先生自身も非常に強力な力を持ち、武器として使用するメリケンサックで全ての敵を叩き潰すほどです。


「みんなに瓦が行き渡ったね。それじゃあ、ルールを説明するよ。手の形はチョップでもグーでもどちらでも構わない。ただし、武器の使用は禁止。己の拳一本で勝負してもらうわ。十枚割れなかった時点で失格だから、覚悟してね!」


 その言葉を聞いたメルジーナは小さく頷き、「そうよ! そういうのでいいのよ」とつぶやきました。


 セレス先生は続けます。


「瓦を割る際、魔力の使用は自由。瓦にデバフを掛けるのも、自分の拳に魔力を付与するのもOKよ。ただし、瓦に直接攻撃することが前提よ。さあ、誰が私お手製の瓦を割れるかな?」


「ちょっとー! それじゃあ、ソフィアがまた細工するじゃない!」


「用意、スタートー!」


 その合図と共に、全員が一斉に瓦を割り始めました。


メルジーナは右手に魔力を集中させます。


「はぁっ!!!」


 拳を振り下ろすと、『ガシャン!』という音と共に瓦が見事に割れ、破片が四方に飛び散りました。


「これくらいは余裕だわ」


 そう言って、メルジーナは周りを見渡します。


 瓦がまだ残っている生徒が多数いる中、アリアとソフィアはすでに全ての瓦を突破していました。


「ソフィア……また何か細工をしたのかしら」


 メルジーナがそう思っていると、次の瓦の束が運ばれてきました。セレス先生は全員に瓦が行き渡ったのを確認すると、再び声を掛けました。


「では、始めー!」


 再び力の限り、みんなが瓦を割り始めました。そして、最終的にはアリアたち三人が勝ち残る結果となりました。


「ちょっと、ソフィア。あんた、どんな細工をしたのよ?」


「言いがかりはよしてくれ。私はルールを破っていない」


 二人のやりとりをよそに、セレス先生は軽快な調子で続けます。


「よーし、残った三人には私お手製の特製瓦に挑戦してもらうぞー! さあ、持ってきて!」


 台車で運ばれてきたのは、銀色に輝く十枚の瓦でした。


「これはね、剣の素材にもなるメタルプロテクトと、硬さが自慢の若い竜の鱗を融かし合わせて作ったものなんだ。私も本気でやって五枚しか割れなかったよ」


 準備が整い、三人は話し合いの結果、ソフィア、メルジーナ、アリアの順番で挑戦することになりました。


 ソフィアは立ち位置につくと、一つの瓶を取り出し、その中の液体を瓦に思いっきりかけました。


「ちょっと! それなによ!」とメルジーナが抗議します。


「ただの金属を溶かす液体さ」とソフィアは涼しい顔で答えました。


 それを聞いたメルジーナはすぐにセレス先生に訴えます。


「先生! 金属を溶かすのは瓦に直接攻撃してるので、これはなしだと思います!」


 セレス先生はキョトンとした表情で答えます。


「それの何がいけないの? 溶かしたところで、それで割れるわけじゃないから問題なし! ドリルを使って割るとかしない限り、大丈夫だよ」


「ガバガバだわ……」


「フッ、だから言っただろう?見ているがいい、科学の力が勝利する瞬間を!」


 ソフィアは拳を振り上げ、思いっきり瓦に叩きつけました。


『バキッ!』という音と共に、瓦が割れる音が響きましたが、ソフィアの拳は三枚目までしか届きませんでした。


「フンギャァアアッ!!!」と、ソフィアには珍しい奇声が上がります。


 それを見たメルジーナは腹を抱えて転げながら笑います。


「はははっー! フンギァだってぇっ!」


 ソフィアは顔を真っ赤にしながらも、落ち着きを取り戻し、自分の拳に薬品を塗り始めました。


 セレス先生が笑いをこらえながら言います。


「ソフィアの記録は二枚だね。すごいじゃないか、頑張ったね!」


「ど、どうも……」


 セレス先生は、ソフィアを褒めながらも、彼女の痛そうな手を見て心配そうに声をかけました。


「次はメルジーナ、君の番だよ」


「分かりましたわ」


 メルジーナは魔力を込め、勢いよく拳を振り下ろします。


「いったーーーーっ!」


 甲高い音が響き渡りましたが、割れたのは三枚だけでした。


 セレス先生は笑って言いました。


「はっはっは。右手、大丈夫かい? でも三枚もすごいじゃないか。生徒の中では二位だよ」


 メルジーナは少し不満げに眉をひそめました。


「三枚で二位って、どんだけ割れてないのよ。それに、一位は誰なんですか?」


「ゼルボウイの六枚だな。彼は空中で炎の精霊をまとって落下攻撃してたんだよ」


「凄いわね。完全に私の負けだわ。でも、ソフィアに勝っただけで私は満足よ」


 メルジーナは得意げに笑います。


 そして最後に、アリアの番がやってきました。


「アリアさん、頑張ってー!」


「うん! 頑張る!」


 メルジーナの声援を受けて、アリアは張り切って立ち位置に立ちました。そして、「えいっ!」と勢いよく手刀を振り下ろします。


 その瞬間、アリアが振り下ろした手刀が全ての瓦を貫通し、『バギバキッ!』という音を立てて粉々に砕け、破片が四方に飛び散りました。


「さすがアリアさん!」

「魔力を纏わずともこの威力とは……恐ろしい子だよ」


 メルジーナとソフィアはその光景を目の当たりにし、思わず目を見張り、驚きの表情を浮かべました。


 セレス先生は満足げに微笑みながら、アリアの肩に手を置きます。


「うんうん、さすがだな。アリアならやってくれると信じていたぞ」


 アリアは「えへへ」と笑顔で答えました。


 そして、ソフィアたちは、得点差がないことから、ミステリーランで先にゴールした方が勝利ということに決定しました。


 瓦割り会場を後にして、最終決戦の場である北グラウンドへと向かいました。

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