第6話 爆誕!新たな魔王!


 アリアがパックベアーを討伐して数時間が経過した森の中。死骸があった場所に二人の魔族が姿を現しました。


「わずかだけど魔力の残滓が感じるね。でも、死骸は人間に持ち去られた後かー」


 黒いマントで身を隠した高身長の青年のような魔族が、低い声で呟きます。銀髪が月光に照らされ、その美しい顔立ちが一層際立ちました。


「ケッケッケ……これはサファイアス様に報告するべきだな」


 近くの木に逆さまにぶら下がっていたコウモリ型の魔族が、気味悪く笑いながら言いました。


「サファイアス様? 誰だい?」


 銀髪の魔族が軽い調子で尋ねると、コウモリの魔族は大きな翼を広げ、優雅に舞いながら銀髪の魔族の前に降り立ちました。


「お前、サファイアス様を知らねぇのか? 知られたら命がねぇぞ」


 コウモリの魔族は険しい表情でそう告げましたが、銀髪の魔族は無邪気な笑みを浮かべました。


「はっはっは、それは困ったね。僕はずっと洞窟で過ごしてたもので、世間知らずの高枕ってやつさ」


「高枕? なんだそれ?」


「見聞が狭く、世情に疎い者が気にもせず、安心してのんびりしている様子を指すんだって。人間の辞典にそう書いてあったんだ。面白いよね」


「俺にはわからん。枕なんて使わねぇしな。ぶら下がって寝る方が性に合ってる」


 コウモリの魔族は眉間にシワを寄せ、つまらなさそうに言いました。


「まあ、そうだろうね。でも人間の文化に興味を持ったドワーフたちは、枕を使ってると聞いたよ」


「お前、魔族だろ? なんでドワーフと関わってんだ? 殺されちまうぞ!」


「大丈夫、大丈夫。彼らはみんな優しいから」


「おい、本気で言ってるのか? 魔王様やその幹部にバレたらマジで殺されるぞ!」


 コウモリの魔族は、銀髪の魔族を睨みつけて言い放ちましたが、銀髪の魔族は肩をすくめて笑いました。


「そうか、困ったな。でも、僕の問題だから心配しなくていいさ」


「……まぁ、お前がどうなろうが俺の知ったことじゃねぇが、とりあえずサファイアス様には黙っといてやる。安心しろ」


「恩に着るよ。それで、そのサファイアスって奴、一体何者なんだ?」


 銀髪の魔族が興味を持ったように問いかけると、コウモリの魔族は突然、鋭い目つきで銀髪の魔族の胸ぐらを掴み、低い声で囁きました。


「おい! バカッ! ちゃんと“様”を付けろ! あのお方は邪神様直属の幹部だぞ! 魔族の中でも偉いんだ! こんなことをサファイアス様に聞かれたら……」


「聞かれたら、どうするつもりだ?」


 不意に低く響く声が、背後から冷ややかに響き渡りました。その方向にコウモリ型の魔族はゆっくりと顔を向けました。


「あ……。サ、サファイアス様……!」


 そこには、銀色のラインが入った蒼い鎧をまとい、蒼い兜を被った威圧的な大男が立っていました。


「ザラハ。我に聞かれたら何だと聞いている」


「へぇ、君、ザラハって名前だったんだー。改めてよろしくね、ザラハ」


 サファイアスの威圧的な言葉をまったく意に介さず、銀髪の魔族は無邪気にザラハに話しかけます。


「今、話しかけるなっ!」とザラハが慌てて言うと、サファイアスは何もない空間から、蒼色の大きな斧を突然取り出し、ザラハに向けました。


「我の質問に答えよ、ザラハ。それとも答えずに命を落とすか?」


「い、いや……」


 ザラハが言い淀んでいると、サファイアスはその無駄な時間に苛立ち、斧を勢いよく振り下ろしました。


 しかし、その斧は銀髪の魔族が片手で軽々と受け止めました。


「なにっ!?」


 驚愕するサファイアスに対し、銀髪の魔族は宥めるように口を開きました。


「まあまあ、落ち着いて。短気は損気だよ。もう少し気長に行こうよ」


「何を言っている? 我の質問に答えろ。貴様の名前は? 誰の部下だ?」


「そんなに一気に聞かれてもなぁ……まずは自分から名乗るってのが礼儀じゃないの?」


「生意気な奴め。我の名は『蒼琿そうぐんの魔王 サファイアス』だ。さぁ、名乗ってやったぞ!」


 サファイアスは苛立ちを隠せないまま、声を尖らせて言いました。


「ふーん。本当に魔王なんだ。じゃあ、一つだけ答えよう。僕は誰の部下でもない。ただのフリーな魔族さ」


「名は?」


「君の質問に一つ答えた。僕が何度も答えると思うかい?」


 その挑発的な態度に、サファイアスは激怒しました。「ならば、死ねえっ!」と叫び、斧に水の魔力を纏わせ、一瞬で銀髪の魔族の上半身を切り裂きました。


 ザラハは驚愕し、ただその場で立ち尽くし、同胞の命が散るのを見守ることしかできませんでした。


 魔王クラスの魔族は、その圧倒的な能力と魔力量で他を凌駕しているのです。


「ふん、口ほどにもない。この我を怒らせたことを、邪神様の前で後悔するがいい」


 サファイアスは切り裂いた上半身が地面に落ちる音を聞きながら、冷たく言い放ちました。


 次にサファイアスは、怯えて膝をついているザラハに斧を向けました。ザラハは恐怖に駆られ、耳を塞いで震えていました。


「おい! ザラハ! 聞いているのか!」


 サファイアスが怒鳴りつけたその瞬間、背後から冷静な声が響き渡りました。


「そりゃー、耳を塞いでるんだから聞こえてないでしょ? テレパシーでも使わない限り。少し考えれば分かることだと思うけどね。それとも、考える脳がないのかな?」


 その声にサファイアスが振り向くと、そこには、確かに斬り捨てたはずの銀髪の魔族が、何事もなかったかのように立っていました。


「なぜ貴様が生きている! 確かに切ったぞ!」


「ああ、切られたよ。痛かったけどね。でも、この程度じゃ僕を殺せないんだ。それより、魔王様にちょっと聞きたかったことがあったんだ。あの熊さんのことだけど、あれって君の魔力を注入しただけだよね? あのままだと人間に解剖されて、タネがバレるかもしれない。だから、少し改良を加えようと思ってるんだ。いいよね? あ、そうだね、もう君には関係ない話だ。だって……もう死んじゃったからね」


 銀髪の魔族が話す中、サファイアスの上半身は徐々に消え去り、跡形もなくなっていました。


「魔王クラスがあの程度の魔力で死ぬとはね。大したことないなあ。魔力の使い方には気をつけないと。『人を呪わば穴二つ』だよ、も・と・ま・お・う!」


 ザラハは恐る恐る顔を上げ、驚愕の声を漏らしました。


「えっ? なぜ生きているんだ!? それにサファイアス様は……?」


「彼ならもうこの世にはいないよ。僕が殺したからね」


「何の冗談だ!? 魔王様相手に一人で勝てるわけがないだろう!」


 ザラハは『蒼琿の魔王サファイアス』の強さを間近で見てきたため、その言葉が信じられませんでした。サファイアスは一人で倒せる相手ではない、と知っているからです。


 すると突然、銀髪の魔族の周りに黒いオーラが立ち上がり始めました。


「これは……なんだろう?」


 その男は冷静な表情のまま、その異常なオーラが消えるのを待ち続けます。


「消えた」と呟き、何かを悟ったように片膝をつき、静かに「邪神様」と呟きます。


「おい! どうしたんだ?」とザラハが心配そうに尋ねると、銀髪の魔族は「しっ、静かに」と一言だけ返しました。


 その後、数分間にわたって「ありがとうございます」、「はい」、「承知しました」などの言葉を繰り返しつぶやきました。


 その儀式めいたやり取りが終わると、彼は立ち上がり、「あー、疲れたなぁ」とぼやきました。


「何があったんだ?」とザラハは再び尋ねます。


「邪神様から少しお話があったんだよ。」


「邪神様からだと!? それで、何とおっしゃっていたんだ?」


「邪神様の封印を解く『古の魔道具』が存在するらしい。それを見つけてほしいと頼まれたんだ。それと、『古封こふう異人いじん』には気をつけろ、とも言われたよ。」


 ザラハは「古の魔道具と古封異人か……」と呟きながら、思い出したようにサファイアスから聞いていた話を銀髪の魔族に伝えました。


 その内容は、古の魔道具とされるものが数百年前に生存していた伝説の魔道具職人『ジュゲナ』によって作られたもので、基本的には人々の生活を豊かにするためのものが多かったようです。しかし、やがて彼女は古代の技術を応用し、『古代の結晶』と呼ばれる物を開発。その後、ジュゲナは目的の不明な魔道具ばかりを開発するようになりました。


 人々はこの古代の結晶を用いた魔道具を総称して『古の魔道具』と呼んでおり、その目的や詳細は今も謎に包まれています。現在見つかっている古の魔道具は八種類しかなく、その内五つは人間が所有しているとのことでした。


「ふーん、古代の技術で作られた魔道具ねぇ。普通の魔道具と何が違うんだろう?」と銀髪の魔族が興味なさげに問いかけます。


「俺もよく分からんさ。古代の結晶についてもただ聞いたことがあるだけで、興味がなかったから適当に流してたんだ。」


「僕も特に興味はないね。それで、『古封異人』ってのは何なんだい?」


 銀髪の魔族の問いに、ザラハは答えます。


「古封異人の目的は分からないが、古の魔道具を集めているって話だ。それに、人や物に取り憑く性質があるらしい。まあ、奴らを呼び出すには儀式をしなきゃいけないってことらしいけど」


「ふーん、まあどうでもいいや」銀髪の魔族は軽く流しながら、冷笑を浮かべます。


「いいのかよっ!」とザラハが驚きと共に声を上げますが、銀髪の魔族は笑いながら続けます。


「アハハハ、そんなことはどうでもいいさ。じゃあ、まずは人間が持ってる古の魔道具から当たってみようか。探すのは後回しにしてね」


「そうだな。殺して奪うしかねーな」ザラハが冷酷に言いますが、それを聞いた銀髪の魔族は首を横に振ります。


「いや、僕は奪ったり殺すのは好きじゃない。それに、そんなことをしたら後々面倒なことになる。まずは、封印を解く古の魔道具を見つけること。それを持っている人と交渉して手に入れればいいんだ。」銀髪の魔族は冷静に言い放ちました。


「でもお前、サファイアスを殺しただろ?」ザラハは疑問を投げかけます。


「あはは、確かにね!あ、ところで『様』をつけてないけど、それでいいの?」銀髪の魔族は軽く笑います。


「ケッケ。もう死んだんだろ? なら、わざわざ『様』をつける必要なんてない。これで俺も自由の身だ――!」ザラハは両手と翼を広げて、自由を謳歌しました。


「確かにね。じゃあ、僕は行くよ。色々教えてくれてありがとう。また会えるといいね。」銀髪の魔族は礼を言って、その場を立ち去ろうとします。


「ああ、そうだな。俺もお前とならもう一度会ってもいい。またな。」ザラハは軽く頷きます。


「うん。元気でねー」銀髪の魔族は手を振りながら歩き去ります。


 しかし、ザラハは突然思い出したように振り向きます。「あ、最後に。お前の名前を聞いてなかったな。教えてくれよ」


 その言葉に、銀髪の魔族は歩みを止め、「そうだねー、何て名乗ればいいかな?」と呟きました。


「何をブツブツ言ってるんだ?」ザラハが訝しげに聞きます。


「フフッ。この格好ではカッコがつかないね。」銀髪の魔族は笑いながら、自身に魔力を纏わせました。すると、彼の服装が次第に変わり始めます。


「僕の名前は……そうだな――『白銀の魔王 ディアルバス』――新人の魔王さ」


 その言葉とともに、ディアルバスは不敵な笑みを浮かべました。


 その瞬間、ザラハは驚きで固まり、動けなくなりました。


 ディアルバスは空を見上げ、鋭い目で遠くを見つめながら言います。「アリア・ヴァレンティン……。待っててね。君は僕の手で……必ず」

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