第5話 夢見る少女と異様な魔物
アリアたちが辿り着いた場所は、森の中にあるかのような、広がった公園のような雰囲気でした。
周囲の土には焼け焦げた痕跡が広がり、ほんの少し前に戦闘があった形跡が見受けられました。
「まだ温かいね。ここで戦闘があったのかな?」
アリアが土を触れながらそう言うと、シラハは周囲を注意深く見回しました。
「んー、でも近くにノベルさん以外の魔力は感じないけどねぇ。危険な魔物なんかも居そうにないけど」
「自分の魔力を抑える魔物もいるって聞くぜ? だから慎重に行こう!」
三人は再び歩き出し、すると一人の人影が見えました。
シラハは指を差しながら、「ノベルさんだ! ここから茂みに隠れながら行こう」と言いました。
三人隠れながらゆっくり進むと、ノベルを発見しました。
カナトは口ごもるように話しました。
「ノベルさん、何かと戦ってる。――あれは『ブルーウルフ』! 氷結系の魔法を使う魔物だ」
ブルーウルフは、蒼白い毛並みを持つ狼型の魔物です。その危険度は一で、それほど危険ではありません。
「カナト! アリアちゃん! ノベルさんを助けに行こう!」
「分かったー!」
「ふぅ。これで近くのモンスターは終わり? んーーっ! やっと片付いたー」
ノベルは背を伸ばしながら周囲を見渡し、魔力を感知し始めます。
「近くに魔力反応が二つ!?」
ノベルが振り返ると、そこにはアリアたちが身を隠しています。しかし、魔力探知で彼女たちの存在がばれてしまったようです。
シラハは手を上げて、申し訳なさそうにゆっくりと姿を現した。
「すみませーん! 私たちでーす!」
泣きそうな顔のシラハ。
ノベルは強い口調で三人に向かって言葉を放ちます。
「君たち! なんでついてきたの!? 危ないって言ったのに」
「ごめんなさい……」
「俺がついて行こうって言いました。責任は俺にあります……。すみませんでした」
二人は深く反省しているようでした。
アリアは先ほどの公園の方向をずっと見つめていました。
「終わった後だから良かったけど……。先輩の言うことが絶対って訳ではないよ? それに中には悪い冒険者も存在してるから、自分たちの判断が一番なんだけどね。危険が伴う場合は近づかない方がいいよ、ほんとに」
「はい。肝に銘じます」
カナトは新米冒険者を代表して深くお詫びしました。
「じゃあ、今度こそ帰ろうか」
「「はい!」」
「でも……」
アリアが呟くと、シラハは「どうしたの?」と聞きました。
「まだあそこから強い気配を感じるよ? それにこっちに近づいてきてる」
アリアが指差す方にノベルは魔力探知を試みます。
「んー? 魔力探知には何も引っかからないね。君も疲れてるんだよ。今日はゆっくり休もう」
「えー! ズシンズシンって聞こえるよ?」
納得いかない様子のアリア。自然の中で生活してきたので、何かを感じていると落ち着かないようです。
「アリアちゃん、もう行こう? 気のせいだよ」
「むぅぅっ」
シラハはアリアの手を取り、一緒に歩み始めました。
「公園の方面なら帰り道だし、少し覗いて帰ればいいよ」
「うん!」
ノベルがそう言うとアリアは返事をして、その場を後にします。
先程の広い公園に出ると、一匹の魔物が姿を見せました。
「後ろ姿しか見えないし、汚れているけどバークベアーだ」
「そうだね。詳しいね」
カナトは興味津々で言います。
「えへへ。死んだ爺ちゃんに買ってもらった魔物図鑑で見たんだ」
「では、その危険度は?」
ノベルの問いかけにカナトが答えます。
「危険度はニの魔物です」
「その通り。よく勉強してるね。では、私たちは逃げるか戦うか、どっちの選択をするべきだと思う?」
先輩の問いかけにカナトはスラスラと答えていきます。
「あの魔物は魔法に弱いので、俺たちが不意をついて魔法を打ち込めば仕留められると思います」
「正解。それに魔力もあんまり感じない。弱っているんだろうね。では、魔法の準備をして」
アリア以外の人物が杖を構えると、その魔物が振り向きます。
「えっ!?」
ノベルはそのバークベアーを見て驚きの声をあげます。
その魔物の口には黒焦げた人間の腕がくわえられていました。
「ありえない! そんなことが! 気づかれていないうちに逃げるよ!」
「何がありえないんですか?」
シラハが聞くと、ノベルは早口で言葉を使います。
「バークベアーは草食だ! 肉なんて食べない! ましてやよっぽどのことがない限り、人間を襲うことはないんだ! 何かがおかしい!」
「そんなぁ……」と腰を抜かしたシラハをカナトは冷静に手を差し伸べ、立ち上がらせました。
「シラハ! 俺に捕まれ!」
「う、うん!」
「みんな! 走るよ!」
ノベルの号令で四人は遠回りでヒドゥンタウンへと走りだしました。
「はぁはぁ。――ここまで来れば……。シラハ大丈夫か?」
「う、うん。なんとか……。ありがとうカナト。――あのバークベアーが咥えていたのってもしかして……?」
「間違いないよ。人の腕だ」
その言葉に二人に衝撃が走ります。
ノベルは自分の考えを一度整理をしました。
「人を襲ってこなかったバークベアーが急に人を襲い始めた? 肉は美味しいということに気づいたのか……。これはギルドに報告しないといけないね」
「さっきのやつが近づいてるよ」とアリアが言います。
「まじかよ! でもこの先は町のみんなが!」
カナトは町の心配をしました。その言葉にノベルは一つの決心をして言葉を使います。
「……考えてる時間はない。腹を括ってここであいつを倒そう!」
「アリアさん! シラハを頼む!」
「分かった!」
シラハのことを頼まれたアリアはその肩をポンポンッと叩いて「大丈夫だよっ!」と笑顔を見せました。
「アリアちゃん、ありがとう。情けなくてごめんね……」
「そんなことないよー」とアリアは一言呟き、シラハを抱えて木陰に連れて行きました。
アリアたちの前に、バークベアーは吠えながら近づいてきました。
「思ったより早いね。魔法に弱いからありったけの魔法攻撃をぶち込んでやろう!」
「はい!」
「グォォォォンッ!!!」
バークベアーはカナトとノベルの前で立ち止まると、大きく息を吸い込んだ後、吐き出して炎のブレスを吐きます。
二人は咄嗟にサイドに避けました。
「あぶねっ!? 炎!? そんな魔物だったか!?」
「いや、炎は吐かない。もうやつはバークベアーとは言えない」
「オラオラッ! くらえーー!」
カナトは魔力で作った六弾の魔弾をバークベアーに打ち込んだ。しかし、バークベアーはその鋭い爪で全ての弾を引き裂き、周りで爆発を起こしました。
「嘘だろ……」
バークベアーは低い体制を取ると、息を大きく吸い込んだ。
「くるよ! 立ち上がったら横によけて!」
「は、はい!」
バークベアーは息を止め、ゆっくりと体を起こしました。
「今!」
「グゴオオォォォォォンッ!!!」
「うわぁっ!」
「くっ……あっ!」
そのブレスの衝撃波は円形状に広がり、地面や木々を大きく削りました。
「範囲が……広すぎる……」
バークベアーのブレスは本来、直線上にしかならないが、この個体は円形に広げてノベルとカナトに攻撃したのです。
元々の個体と肺活量から違うようです。 2人は脇腹辺りを強打していて、未だに立ち上がれていません。
二人の危険察知したシラハはアリアに向けて言葉を使います。
「アリアちゃん! 私はいいから二人を助けて!」
「分かった!」
「グァァァァァッ!」
雄叫びを上げたバークベアーは鋭い爪を立て、近くにいたカナトに咆哮を上げながら襲い掛かろうとします。
「あぁぁ! く、くるなぁっ! あっちいけよっ!」
カナトは杖をバークベアーに投げつけましたが、魔物は動じることはありませんでした。
その鋭い爪がカナトの喉仏に差し掛かろうとした時、彼は助からないと悟ったのか目を瞑りました。
少し時間が経つと、『ズシンッ!』と轟然とした音が響き渡り、地面に衝撃が伝わりました。
恐る恐る怯えながらゆっくりと目を開けるカナト。そこには魔物の姿はなく、アリアが立っていました。
「え……?」
アリアはバークベアーの鋭い爪を左腕で弾き返し、右手にある杖で顎を強打させて怯ませ、そして左手を首元に持っていき、そのまま投げ飛ばしたのです。
アリアは走り出し、その勢いのまま飛び上がる!
バークベアーはふらつきながらも立ち上がります。
「必殺! 脳天カチ割り杖殴り!」
バークベアーは手をクロスさせ頭を守る体勢を取りました。
しかし、アリアの杖はその腕を貫通し、頭ごと地面に叩きつけました。
バークベアーの頭は完全に潰れていました。うつ伏せた状態から、動くことはありませんでした。
アリアは尻もちを着いているカナトに声を掛けます。
「大丈夫?」
「うん。あ、ありがとう」
カナトは放心状態のようで小刻みに震えていました。
「大丈夫ですか?」
ノベルが立ち上がり、言いました。
「横腹をやられたけど命に別状はないよ。君、強いね。助かったよ。ありがとう」
アリアは「ママの特訓が役に立ちました!」と自慢げに言いました。
「そうか。すごい特訓そうだ」
ノベルは少し引いていました。特訓だけで自分達が苦労した魔物を一撃で葬ったのですから……。
アリアはナイフと袋を取り出して「あの熊さんの剥ぎ取りしちゃおー!」と言いました。
「待ってくれないか?」とノベルは尋ねます。
「ん? ちゃんと四等分しますよー?」
「いや、そうじゃない。一度ギルドの研究科に調べてもらいたいんだ。こんな個体は初めてだ。新種かもしれないし、特殊個体かもしれない。それを明白にするためにね。もちろん、研究が終われば素材は君たちの元に届けるよう私から伝えておくよ」
「よく分かんないけど分かった! これをギルドに運ぶね!」
アリアからしたら研究とか新種などは無縁の言葉であり、理解ができません。意味の半分も分かっていないでしょう。自分達が生活するために、『魔物を討伐したら魔物にも感謝しながら剥ぎ取る』とアリアは母親から教えられています。
例外はありますが、『魔物も生物である以上、頭を潰せば倒せる!』とメディから習っているため、積極的に頭を狙っています。そのため、アリアが討伐した魔物は頭部が綺麗に残ることはありません。
「アリアちゃーん!」と言いながらシラハは半泣きの状態で抱きつました。
「ん? シラハちゃんどうしたの?」
「怖かったよー! アリアちゃん、どこも怪我はなーい?」
「うん! 私はなんとも。返り血を浴びたくらいかな?」
「わわぁっ! 大変! 早く帰って洗わないとね!」
「少年、歩けるかい?」と大の字になっているカナトに手を差し伸べるノベル。
「はい。これくらいなんともありません!」と強がるボロボロのカナトは、その手を取り立ち上がります。
「さぁ、みんな。今度こそ帰ろう。今日は先輩の私がご馳走してあげる」
「よっしゃー! 腹減ったー!」
「ありがとうございまーす!」
アリアはバークベアーの死骸の足を持ち、引き摺りながら、ヒドゥンタウンに帰って行きました。
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