第7話  駅のホームの女

 30代前半の頃。要するに十数年前のお話。



 金曜の夜、いつも通り遅めの時間に駅のホームで電車を待っていた。すると、スーツ姿に眼鏡の不美人と目が合った。眼鏡っ子は好きだが、不美人にはあまり興味が無い。すると、その女性がクネクネとセクシーポーズを取りながら近寄ってくる。


 目の前を通り過ぎると思ったら、目の前でピタリと足を止めた。


「あなた、恋人がいるの?」

「いえ、いませんけど」

「だったら私を誘いなさいよ、さっきから私があなたを誘ってることには気付いてたやろ?」

「あ、気付いていませんでした」

「嘘、気付いてたやろ?」

「すみません、気付いてました」

「明日は土曜日やから休みやろ?」

「はい、休みです」

「じゃあ、食事に行こうや」

「いやぁ、もう帰ろうかなぁと思ってたんですが。疲れてるし」

「食事に付き合いなさいよ、女に恥をかかせるつもり?」


 ここで困った。“女性に恥をかかせてはいけない”僕はそうやって躾られたのだ。勿論、恋人や嫁がいれば断ってもいいと思うのだが、僕はフリーだった。仕方がない、僕は一緒に食事に行くことにした。


「行きましょう」

「最初から、そう言えばええのに」


 なんで、こんなに上から目線なのだろう? 僕はそこが引っかかったが、食事なんて1時間半くらいだ。そのくらいなら我慢出来ると判断した。



「あなたみたいな鈍い男、珍しいで」

「そうかなぁ」

「私が誘ってる素振りを見せたら、みんな口説いて来るで」

「そうなんですか」

「でも良かったなぁ、私みたいないい女と食事が出来て」

「はあ、良かったんですかね」

「何よ、文句あるの?」


 食事の時間は想像以上にツライ時間だった。だが、始まりがあれば必ず終わりがある。食事が終わり、僕は解放された。


「ほな、これで帰ろうか?」

「うーん、今日はホテルに行きたい気分」


 ずーん! 僕に重いものがのしかかってきた。


「いやぁ、今日はそういう気分じゃないかなぁ……あはははははは」

「あんた、女に恥をかかせるつもりなん?」


 また来た。“女性に恥をかかせてはならない”僕が注意していることだ。そこを突かれると痛い。


 結局、僕は断れなかった。


 楽しくない夜を過ごした。


「あんた、ラッキーやなぁ、私と一晩一緒にいられて」


と言われたのをハッキリおぼえている。僕は怖かった。このままこの女性と付き合うことになったらどうしよう? 怖かった。幽霊よりも怖かった。


「あなたには悪いけど、私、本命の彼氏がいるから今日は一晩だけの遊びやで」



 本当に良かった。助かった。僕はようやくホッとした。







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怖いようで全く怖くない話の連発! 崔 梨遙(再) @sairiyousai

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