第10話 寄ってたかって

 三百五十七号を連れて戻ったら、四百五号がいなくなっていた。


「あれ? 四百五号は?」

「コルネ先輩に呼ばれてました。多分厄介な人の捜索かと」

「ふーん……そっか」


 ではルルスは何をすればいいのだろう。

 うーんと首を傾げて、なんか野次馬たちと一緒にこっちを見ている人に気がついた。


「いやお前は仕事行けよ。ちゃんと捕まえたじゃん」

「バレましたか。それでは失礼します」

「……バレなきゃまだ稼ぐつもりだったのかよ」


 平然と観衆に紛れようとしていた三百五十七号はいい加減仕事に行ってもらって、ルルスはとりあえずこの場で四百五号を待つことにした。


「マスター、サボりですか」

「……だって次どこ行きゃいいかわかんないし」

「カジノの次であれば食糧庫だと思いますが。あと適当な部屋に入れば他のタイムマネージャーがいるはずです」

「……でもいなくなってたら四百五号が心配するじゃん?」

「彼女は人探しのプロですよ。こんなに人がいて見つけられないわけありません」

「……もうお前らあっち行けよ! ほらここカジノだぞ!? 遊んでこいよ!」


 正論で殴ってくるんじゃない。勝てないだろうが。


「……ですが私たちがいなくなるとマスターが一人になります」

「うん。そうだね。だから?」

「一人だと寂しいのがマスターでしょう」

「……何そっちで攻めてくんの?」


 てっきり見張り役がいなくなります、とか、一人にしたら逃げそうです、とかそっち系で詰めてくるかと思っていたのに、まさかの気質の方で来たか。


「だってまともな方法じゃ追い払われてしまいますから。こんな年に一回あるかないかの大イベント、見逃すわけにはいきません」

「悪かったな! 年に一回くらいしか働かなくってさあっ!」

「……昨年は一度もありませんでした」

「一昨年……は独立前ですね」

「じゃあ許せよ! 独立前は結構頑張ってたんだからな!」

「知っていますよ。だから一年は私たちだって頑張ったじゃないですか」

「う……だから緩和しろって?」

「「「はい」」」

「ぐぅ……そう言われるとまたなんとも……」


 実際こいつらも独立直後は献身的に働いてくれていた。

 三食好きなタイミングで食べられるのは当たり前、ルルスが家事を意識することは絶対になく、呼べば誰かしら遊び相手に出てきてくれるという高待遇。あれを知っているからには無碍にもできない要求だ、が。


「……ん? いや待てよ。人の感覚で考えてたけど、お前ら別に疲れないじゃん」

「「「……」」」

「人らしさを求めたのは私だってのは結構言われたけど、それを補う数もいるじゃん?」

「「「…………」」」

「つか今の役割分担って、ちゃんと私の右腕だった頃のコルネが考えたもんだし、その辺まで全部織り込まれてるはずじゃね?」

「「「……チッ、バレたか」」」

「バレたかじゃねぇよ!? 何平気で私のこと誘導してんの!? 悪いの仕事サボるお前らだからね!? 確かに寂しくないようにって作り過ぎたところはあるけど、逆に言えばそれだけの人数はいるんだからさあ! もうちょっと上手いことやってくんないかな!?」

「「「えー……?」」」

「えーじゃないっ!」


 なぜこいつらは働きたがらないのか。全員が決められた仕事をきちんとこなせば、週に二日は丸々休みがあるのに。


「ならマスターもこれからは働いてください」

「え」

「いくらあなたがマスターとは言え、こっちが働いているのにずっとごろごろされているとやる気がなくなります」

「ぐ……」

「そうです。そもそも私たちの役目はあなたの手伝いをすることです。生活の全てを支えることではありません」

「……くっ。わかったよ」


 ここまで言われると頷かざるを得ない。

 一応、お前らの方がスペック高いんだからな、という反撃はできなくもないが、今のこいつらに言ったところで、人数分の言葉に増えて返ってくるだけだろう。

 なら今は譲歩したように見せておいて、後からゆっくりと作戦を考えた方がいい。最近やり返されまくったから、いい加減にルルスも学んだ。


「……どうしましょう。あのマスターが折れてしまいました」

「は?」

「てっきり、私たちより醜い言い分を並べてくれるものだと思っていたのに……」

「……」


 頷いたら頷いたで、あれだけまとまって抗議していた奴らが騒ぎ出した。

 もうルルスの困惑なんか無視して、近くの人たちと何やら話し合っている。

 これではただ私たちが我が儘を言っただけです。報告されたらコルネ先輩や四百五番に怒られてしまいます。

 どうしましょう。今から手の平返して間に合いますかね?

 言ってしまったからにはマスターも考えるでしょう。そしてそうなればもう二度とこんなことはないかと。

 く……最近のマスターがぽんこつだからと遊び過ぎました。もう少しスパンを考えればよかったです。


「おいお前ら好き放題言ってんじゃねえよ。全部聞こえてんだからな?」

「「「……マスター、いつもありがとうございますっ」」」

「そんな言葉で誤魔化せるかぁっ!!」


 なんて奴らだ。マスターを誘導しようとしたどころかおもちゃにしていただなんて。

 これは一回本格的に対策を考えねばなるまい。というかこいつらの思考回路をどうにかした方が良いかもしれない。


「何やら騒がしいですね。私たちがいない間に何があったのですか」

「あ、コルネ! 四百五号も! なあちょっと聞いてくれよ! こいつら酷くってさぁ!」

「寄ってたかっていじめられたと?」

「そうだよ! 具体的に何言われたとかはちょっとあれだけど、酷いんだよ!」


 具体的なことを言うとこちらにも飛び火しかねないので、そこは明言しないでおく。まあコルネなら察していそうだが。

 そして本人たちがバレるとまずいと言っていただけあって、ルルスが恥も外聞も投げ捨てて糾弾すれば、コルネは珍しく後輩たちを睨み、睨まれた側は全員で一歩後ずさった。


「ふむ。どうやら言いつけを守れていないようですね」

「言いつけ?」

「まあマスターは四百五番にでも慰めてもらっていてください。こいつらには私からきつく言っておきますから」

「お、おう! 頼んだぞ!」


 なんかまるで仲間内の喧嘩に先生呼び出した嫌な奴みたい、と思いながらも、一番強い奴が自分のために怒ってくれる状況は気分が良くって、ついついにやけていたルルスだが。


「やはり私の目がないとやり過ぎるようですね。散々言ったのにまだわかっていなかったのですか。今のマスターは傷つきやすいんですから、反抗する時は緩急をつけなさい。そしてある程度反撃の余地を残してあげなさい。そうじゃないと今みたいにより幼稚になって収拾がつかなくなるでしょう」

「え、待って。コルネ、裏でそんなこと言ってたの?」

「でも反論されるとやり返したくなっちゃって……」

「それを抑えてこその私たちでしょうが。衝動に突き動かされていては、マスターと同じですからね?」

「「「はーい……」」」

「ねえ待って。その言い方だと私がお子様じゃん」


 なんか今日はよく無視されるルルス。

 自分を守ってくれるもんだと思っていたコルネが、自分ごと相手を刺し貫いていくから余計にショックを受けていれば、後ろからぽんぽんと背中を叩かれて。


「まあまあ、落ち着いてくださいよマスター」

「四百五号……」

「私たちはしっかりバランスを取っています。マスターが傷つき過ぎないよう、ですが増長し過ぎないよう、裏でしっかりやっていますから、あまり気にしなくて大丈夫なのです」

「……ごめん四百五号。それ慰めになってない」

「わっ、これはごめんなさいなのです。えーとえーっと、あ、これも全部演技なのです。本当はみんなマスターが大好きですから、心配いらないのですよ」

「……なあ四百五号。お前本当に私のこと慕ってる?」

「え? それはもちろんなのです。慕っていなければこんな仕事やってないのです」

「う、そ、っか。うん。わかったありがとう。じゃあさ、やっぱお前にも名前あげるからさ、いい感じにオブラートに包んで、あいつらの本心教える係やってくんない?」

「光栄なのです。でもやっぱり名前は頂けないのです。せめて四百のお姉ちゃんが許してくれないと」

「だあああもうめんどくせえええええええっ!」


 本当にこいつらに忠誠心はあるのだろうか。ていうか起動時にちゃんとインストールしてるんだよね? なんかの手違いで抜け落ちてないよね?

 もうそこから疑ってしまうくらいには、今のロボたちはあまりに自我が強かった。

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