第9話 人気の隠れ場所

「おーいこんなとこにマジでいんのかよー……?」

「人気の隠れ場所なので三日に一回はいるのですよー……! 大変かとは思いますが奥まで見てきて欲しいのですー……っ!」

「うっそだろマジで……」


 よいしょよいしょとルルスは狭い通路を這って進む。

 ここは一体どこかと言えば、ルルスが全館空調を実現しようとした時、勢い余って作りすぎてしまった空気の通り道、らしい。そんなもの作るわけないと思うのだが。


「てか人気の隠れ場所ってなんだよ……もうバレてんじゃねえか……」


 人気だからか知らないが、使い道のないはずのダクトは(まだそうと決まったわけでもないが)、誰かが定期的に掃除しているのかと思うくらい綺麗にされている。

 もしやみんなが通るから勝手に掃除されてる? だとしたらたまに埃まみれの奴がいたんじゃねえの? と嫌な想像もしながら進んでいけば、下へ直角に折れ曲がっている場所まで来てしまった。


「……どーすんだこれ。私が降りたら最後だろ」


 ロボたちならいくらでも帰って来れるだろうが、人間のルルスがこんなところに入り込んだらもう二度と戻れない。

 これじゃあしょうがないし、一旦戻って四百五号に頼もう、と仕事から逃げる方向で考えていれば、深い深い闇の底に、何やら黒以外の色が見えた気がした。


「……ん? 気のせい、じゃねえよな……」


 片手に持っていた懐中電灯のモードを切り替えて、より奥まで光が届くようにする、と。


「うお!? お前そんなとこで何やってんだ! てか壁に張り付いてんの!?」

「……」

「おい返事しろ! これでもマスターだぞ!」


 無意識にこれでもとか言っちゃうルルス。マスターらしくない自覚はあるのだ。


「……まさかマスターがここまでやってくるとは。ですがそこから降りることはできないでしょう。タイムマネージャーなんて仕事を始めたならわかっていると思いますが、これはかくれんぼではなく鬼ごっこなのです。つまり触れられるまで私は動かなくていい!」

「……ふーん。じゃあ四百五号呼んでくるか」

「ふっふっふ。別に構いませんよ。この通路は私たちでも通るのに時間がかかるのです。いくら小柄な彼女とはいえ十分はかかるでしょう。つまり! 私はそれだけの時間をさらに稼げると言うこと!」

「……」


 バレている隠れ場所が人気の理由はそれか。

 入るのに時間がかかる場所であればそれだけの時間を稼ぐことができ、たとえ捕まったとしても戻るのでさらに時間を消費する。

 なるほど確かによく考えられているが、働いてほしい身としてはこんな場所とっとと潰してしまった方が良い。


「あぁそうだな。あいつにも名前あげなきゃとか思ってたし、会いに行くついでにここ埋めるよう頼んでおくか」

「!?」

「あとはそうだなぁ。やっぱ掴まないとダメってのは捕まえる側が不利すぎるし、なんなら逃げてるお前らの方が悪いんだから、見つかったら負けってルールに変えるか」

「ちょぉっ!?」

「け〜どっ、ここでお前が素直に捕まったと認めるんなら、それはしないでおいてやろう」

「……」

「どうする? このままお前がちょっと時間を稼ぎたいだけでこの提案を蹴ったら、他の奴らまでこのルールに縛られるんだぞ? そんでそうなったら私は理由を説明しなくちゃならないんだぞ? お前とこういう交渉をして、でも受け入れてくんなかったから仕方なく」

「わ、わ、わかりましたからっ! 今日は私の負けでいいですっ! だから私の責任にしないでくださいっ!!」

「……にひ♪ 素直で助かるよん♪ 三百五十七号ちゃん☆」

「……」


 マスターに、というか人に向けるものではない絶望と侮蔑の入り混じった目を向けられるが、あそこまで勝ち誇られておいて何もできないのは腹が立つ。

 少々やりすぎたような、と言うか悪役ムーブをしすぎたような気もするが、仕事を放り出すような不届き者だ。これくらいのお灸は据えてやらないといけない。


「ほら行くぞ。話してるだけでも時間は過ぎてくんだから」

「……それで結局ルールを作るなんてことは」

「流石にしねえって。ま、いつか作るけどな」


 びよーんと足が伸びて、三百五十七号が上がってくる。改めて思うけど、人の見た目した奴がありえない動きするとちょっと怖いよね。


「……いつか、ですか。それはいいですね」

「な〜んか含みあるくない? 思ったこと言ってみなよ」


 こんな狭い通路では方向転換なんてできないので、後ろに下がりながらつついてみれば、三百五十七号は少しだけ考えた後。


「……今のマスターならそのまま忘れてくれそうだな、と」


 考えた割に直球だな。まあそっちの方がいじりやすいからいいけど。


「なるほど忘れる前に作れと」

「!?」

「じょ〜だんだよ。一週間後な」

「!? そ、それは話がちが」

「ん〜? 私は別にいつまで、なんて具体的なことは言ってないんだけどな〜」

「……」

「ま、お前のせいにはしないから安心しなよ。単純に見て回って、この現状はやべえなって思っただけだからさ」

「……だとしても、困ります」

「んじゃあ明日にでも作ろうと思ってたのを、お前が一週間後に引き伸ばしたってみんなに言っていいよ」

「やっぱり一週間後ですよね! それくらいがちょうどいいですよね!」

「……なんとなく予想してたけど、お前らそんなにマウント取りたいの?」

「そうでもしないと違いがないので。量産型とは言え、他の誰かでいいなんて嫌ですから」

「……お前らも自我が出てきたんだな」

「マスターが望んだことでしょう」

「へいへいそうだったな」


 にしても唯一無二になりたいとは。

 百番以降のモデルをある程度統一したのは、誰かが欠けたら穴埋めもできるようにだったと言うのに、これじゃあ量産した意味がないじゃないか。


(……ま、実際そっちの方が人間臭くていいんだけどさ)


 お手伝いロボットとしては本来不要な願望を、さも当然のような顔で言う三百五十七号を見ながら思った。

 こんなに人らしい姿をした奴らが、全員自分の従者だなんてあまりにも寂しいからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る