第8話 乱暴者、みんなで歯向かえば怖くない!

 タイムマネージャーのまとめ役である四百五号は、一番仕事を忘れている人の多いカジノから回り始める。


「ですけどその前に」


 一度は追い払ったと言うのに、またぞろぞろと背後に集まっていた観衆たち。

 四百五号はその中に突っ込んでいくと、二人ほどの首根っこを掴んで帰ってきた。


「やっぱり紛れていたのです。マスターの働きぶりが気になるのはわかりますけど、あなたたちはお仕事なんですからいちゃダメです!」

「「……まんまとエサに釣られてしまいました」」

「エサ言うなぁっ!」


 とはいえこれでいきなり二人確保である。

 捕まれば大人しく仕事をすると言うのは本当らしく、それ以上食い下がることもなくどこかへとぼとぼ歩いて行った。


「こういう感じで捕まえるのです。カジノにいる人たちは大体動かないので、後ろから襟を掴めばオッケーですよ!」

「……まるで取り立てだな」

「ちなみに肩を叩く程度だと逃げるので、しっかり掴んで欲しいのです」

「逃げるのかよ」

「ゲームみたいですけどルールはないので」

「……そのルール制定してやろうかな」

「「「……!?」」」


 外野の方々が騒ぎ出した。

 まさか裏でやっていた鬼ごっこにルールができるなんて。私それで三十分逃げたこともあるのに……とか色々聞こえてくる。いやてか逃げ切ってんのかよ。それはそれですげえな。


「あはは、まあマスターのお好きなように。私たちからは特に何も言いませんので」

「そういや文句も何もないよな。ちゃんとやってる人の頼みだったら全然聞くんだけど」

「まあ私たちはこれが仕事ですし、逃げる人の気持ちもわかりますから」

「……そんな辛いの?」

「あ、いえ、私たちが作った娯楽が楽しいのは当たり前なので」

「……すげえなその自信」


 四百番台は人がよくできていると思っていたが、ちゃんとここのロボットの特徴も持ち合わせているようだ。ちょっと安心した。


「なので無理に引き剥がすのは少し心苦しいのですが、やはりマスターが決めた役割を果たさないのはダメなのです。というわけで試しに、あそこでスロットを打っている人を捕まえてみてください」

「あ、あいつがサボってんの?」

「サボっていると言うよりは時間を忘れているようなのです」

「ふーん。ま、どっちでもいいや」


 人気が高すぎて増設に増設を繰り返された広大なカジノの一角、一人黙々とスロットを叩いている奴の背後に近づく。


「……チッ、また外れたよ。ここの確率どうなってんだ……? 今日はここが当たりやすいと思ったのによぉ……」

「……」


 違った。めちゃくちゃ文句を垂れ流していた。

 後ろからでは表情なんか見えないが、きっと死んだ魚のような目をしているのだろう。そんな機能をつけた覚えはないが。


「おい、仕事だぞ」


 こんなイライラオーラ全開の奴をずっと眺めていたくもないので、さっさと首根っこを掴んで捕まえる。

 四百五号は時間を忘れているようだと言っていたけれど、うちの高性能なロボたちだからすぐに切り替えられるのだろう。そう、思っていたのだが。


「あ? まだ時間じゃねえよ。後輩が生意気なこと言いやがって。いいか? 先輩にはしっかり敬語ってもんをだ、な……?」


 特徴的な赤い瞳と目が合った。てことはこいつ乱暴者の二百番台じゃねえか!


「……ふふふ、ふふふふふ……お前こそ随分と生意気だな? マスターの声すら忘れたのか?」

「……っあ、いえ、別にそのようなことは……」

「じゃあなんだって言うんだろうなぁ。まさか私が後輩に見えるのか?」

「で、ですからそのようなことは……」


 もう震えが止まらない二百十二号。

 いくら気性が荒いとは言え、マスターに歯向かえるようにはできていない。


「まあまあマスター。そういじめないであげてくださいよ」

「げ、四百五番。お前までいんのかよ」

「うふふ、今日の巡回ルートはこっちですよ? 何か問題でもありますか?」

「……ない。それではマスター、失礼しました。持ち場に戻ります」

「これからはちゃんと時間見ろよー」

「……はい」


 ここにいても言葉でボコボコにされるだけだとわかっているのだろう。

 二百十二号はもう逃げるように駆け足で仕事場へ向かって行く。が、それを許さない人たちがルルスの背後にぞろぞろと。


「マスターを識別できないだなんて、耳か頭がイカれたんじゃないですか?」

「きっとスロットのやりすぎです。集中機能が暴走してるんですよ」

「なんにせよメンテナンスは受けた方が良いでしょう」

「それでついでに乱暴な性格も直してもらってください」

「「「そーだそーだーっ!」」」

「……お前ら、ここぞとばかりに好き勝手言いやがって……」


 二百番台はやっぱり嫌われているらしい。

 事情は一応あるのだが、揃いも揃って怒りっぽいので、基本的には誰も近づきたがらない。


「まあメンテナンスは受けた方がいいかもなぁ。行くってんならしばらくお前の仕事なしでいいけど?」

「……マスター、本気で言っているのですか。いくら仕事が休みになるとしても、それはあまりに酷いです」

「……なーんで工場も嫌われてんのかね」


 ただ全身を開いてガタが来ているパーツを取り替えるだけなのに。その間はスリープモードで記憶にすら残らないのに。


「まあ誰もスリープなんかしたくないですからね。人間性を求められた結果、機械としての特徴は忌避されるようになったのです」

「……けどお前らその性能使ってゲームやってね?」

「思考速度は変えられないのです。一応人の限界で調整しているので、いくら頭の回転が速かったところで意味もないですし」

「いや、お前ら普通にフレーム単位で操作するじゃん」


 それくらいできる人もいるって聞くけど。こんな歳じゃもうできないの!


「まあそんなことは置いておいて」

「置くなよ」

「どうしますか二百十二番さん? メンテナンス、この機に一回受けておきます?」

「私はもう無視なんだ」

「……嫌だって言ったら」

「ここにいる全員が相手です。いくら武力特化と言えど、リミッターがあっては勝ち目なんてありませんよ」

「……チッ。今日はとことんツイてねえぜ」


 二百十二号が諦めたように歩き出す。その周囲を、群衆の何人かが逃げられないように囲んでいた。まるで警察だな。ただの野次なのに。

 そしてその裏で、ルルスは近くにいたロボたちに慰められていた。


「大丈夫ですマスター。あの人だってちゃんと聞こえてはいます」

「ただ、今は二百十二番の相手が先だったと言うだけです」

「うん、うん。そうだよな……」


 でもごめん。普段のお前らの行いを考えると好感度稼ぎにしか思えないんだ。名前くらいあげてもいいかなって思うけど。


「マスター、なんだか絆されてます?」

「ふぇ? 別にそんなことないけど」

「……なら良いのですが。気を取り直して、他の人を捕まえに行きますよ?」

「うん。次はもうちょっと聞き分けのいいやつがいいな」

「逃げる人にそんな人はいないですね……」

「……私そんな奴ら作った覚えない」


 仕事をしないどころか言うことすら聞かないだなんて。そんな生意気な奴がうちのロボットにいてたまるか!


「ですが反抗心はマスターがくれたものでは……」

「あーあー聞こえないなー! もう歳かなーっ!」

「……物忘れも酷いですしね」

「おいそこぉっ! 付け加えんじゃねえよ!」

「聞こえてるじゃないですか」

「……」


 ほんとに誰だよこいつらにこんな機能つけた奴。先が見えない馬鹿だとしか思えないね。


「……行きますよマスター。遊んでいる暇もありませんから」

「あ、遊んでねえからぁっ!」

「……行きますよ」


 なんか四百五号にも見放された気がする。

 みんな冷てえよぉ……と割と本気で泣きながら、ルルスは背中を押されていくのだった。

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