第5.5話 マスターのいないところ

「マスターの世話係は務まりそうですか?」


 深夜。ルルスが完全に寝入った後、大量にいるロボたちの中でたった二人だけ名前を持っているコルネとメルーナは、誰にも邪魔されない部屋でゲームをしていた。


「なんですか? 盤外戦術ですか? ですが生憎と今回は、私の勝ちです」


 コルネのアバターが弾け飛ぶ。

 画面が切り替わってメルーナのアバターが決めポーズをする。

 メルーナがチラッと隣の人を見れば、画面を見据えたままカチカチとボタンを連打していた。早く次の試合を始めたいらしい。


「そっちこそ、名前をもらった割には普段と変わりませんね。もう少しマスターのために働いたらどうですか?」


 メルーナの言葉のジャブ。

 コルネはゲーム内でストレートを放ってきた!


「……負けず嫌いめ」

「ふん。この世は勝った奴が正義なんですよ」

「名前争奪戦優勝者の実力を見せてあげましょう」


 カチカチカチカチ、としばらく無言で殴り合う。

 どちらも試作期の産物、どちらもオールラウンダーな設定と言うことで、どちらかが本気を出したなら、もう一方も本気を出さなければ絶対に負けるのだ。

 とはいえ、一部を除いて古参ほどできることの多いロボット。

 徐々にコルネ優勢へと傾いてくると、今度はメルーナから口を開いた。


「先ほどの話ですが、何も問題はありません。元より疲れを知らないこの体。一年中マスターの側にいることだってできますよ」

「……甘いですね」

「む?」

「会話にリソースを割きましたね? それが甘いって言ってんです!」


 どごーん、と今度はメルーナのアバターが弾け飛ぶ。

 ランダムで用意されている勝利ポーズの中から、コルネは最も人を小馬鹿にしているようなものを引き当てた。

 かかかかかかかかっ、とメルーナが先ほどのコルネ以上の速度でボタンを連打する。


「ふっ、試作期は古参ほど強く、また後輩には絶対に負けないんですよ」

「……それくらい知っています。ですがそれは実戦の話! ゲームの中でもそうとは限らないでしょう!」

「文字通り頭の出来が違うんですがねぇ」


 先輩風を吹かせるコルネと、珍しくムキになって挑むメルーナ。

 だが残念なことにスペック差はあって、お互い本気で戦えばメルーナが勝てることはなく。


「……やめましょう。こんな実力ゲーで挑んだ方がバカでした」

「では何をやりますか? マスターは明日七時に起こしますが、まだ時間はたっぷりあります」

「……チーム戦で」

「ほう。私と組みますか。いいでしょう」


 ちなみにオンラインゲームのため見知らぬ誰かとマッチングすることもあるが、ここのロボと普通の人間が戦っては勝負にならないので、もしもチーム戦なんかをやろうとすればこの家の中だけでぶつかることになる。

 そして娯楽の多いこの家では、同じゲームをやっている人がいるとも限らないのだが、今日は運が良かったようで。


「おや、このIDは四百番台ですか。珍しい強敵ですね」

「向こうは向こうで試作期に当たるなんて、と嘆いていそうですけどね」


 その予想は当たっていて、また別の部屋でワイワイ楽しんでいたロボたちが思いっきり悲鳴をあげていたりする。

 が、まあそんな声は聞こえないので。


「やはり私たちが組むと負けませんね」

「試作期コンビなんて向こうからしたら発狂もんでしょう。あまりいじめても可哀想なので、また別の人たちを探しましょうか」


 サクッと倒して、さっさと次の試合へ。

 そう思ったのだが、向こうはまだまだやる気らしく。


「……どうします?」

「やりたいと言うなら受けて立ちましょう。後輩の面倒を見るのも先輩の勤めです」

「わかりました」


 それから三十分。四百番台の後輩はめげずに挑んでくるが、やはり試作期コンビに勝てるわけもなく。


「そういえば、金色を持っているのは私たちだけですよね」

「髪と目の色の話ですか? まあそうですね」


 少し手を抜いてやろうと思った二人は、全く別の話をしていた。


「もしやメルーナ、我々の色の理由を知らないのですか?」

「むしろ理由なんてあるのですか? 性能に関与しない部分は全て適当だと思っていました」

「まああのマスターならやりかねませんが。昔は、それこそ私たちを作った時代は、色まできっちり考えていたのですよ」

「ふむ。では一体どんな理由があるのでしょう。正直、適当ならマスターと同じ茶色に染めようかと思っていました」

「……染色は禁止されていませんがタブーではありますよ。何せ色が変わるとマスターは人を判別できなくなりますからね」

「……。それはダメですね。もしかして、カラコンもダメなのですか」

「ええ。試作期の我々は全てがバラバラですが、十番以降は瞳の色が統一されています。そこをいじってしまうとマスターは別人と判断するでしょう」

「……というか、顔や仕草でわからないものなのですか」

「型に入れて作られてますからね。口調もさほど変わらない我々では、個性が強い人以外まともにわからないでしょう」

「……私、これから個性を磨こうかと思います」

「まあ家の中では名札があるので間違われることはありませんが」


 話し込んでいたら追い詰められてきたので、少しだけ本気を出して挽回する。

 一方的に勝つのは罪悪感が生まれるが、勝たせてやろうとまでは思わないのがここのロボットの性質だ。かなりタチが悪いと言える。


「ふぅ、なんとか勝てましたね。それで、なんの話でしたっけ」

「色の話です。私は金の瞳、先輩は金髪ですが、金色には特別な理由でもあるのでしょうか」

「マスターの目の色と同じというだけです。元はマスターの右腕になれるロボットを求めていたわけですから、自分の色と同じ色を与えたら同じだけの知性も宿るのでは、という謎の考えから試作期には金色が使われてるんですよ」

「……それで宿ったのは性格の方では」

「まあ色は関係なかったという話です。しかし今は亡き一番が、マスターと同じ色はここまでにして欲しいと願ったため、十番以降は茶色と金色は絶対に使われないんですよ」

「なんと。そんな過去があったのですね。確かに一番は色だけでなく髪型までマスターと同じでしたか。あのウェーブがかったロングヘアを与えるのは難しいでしょうに」

「だから、今となっては髪型は自由なんですよ。ちなみに面倒くさがられた結果、私はショートヘアにされたんです」

「……私は、もう少し長いですね」

「ええ羨ましい限りです全く。長い方がいじり甲斐もあるというのに。私では気分転換にポニーテールにすることすらできません」

「ですが綺麗だと思います。動きやすそうでもありますし、私は先輩の髪、好きですよ」

「……そうですか。……あなたの赤髪も、なかなかにいけてますよ」


 ロボ同士で褒めるなんて滅多にないので、お互いちょっと気まずくて黙り込む。

 だけどまた別の試合は続いていて、黙ったからには精度も上がり。


「先輩! あとちょっとで勝てそうってところで本気出すのやめてくださいよ! お前には勝てねーよって言われてる感じしてめっちゃムカつくんですけど!」


 とうとう直接抗議されてしまったので、メルーナはコルネの茶色い瞳を覗き込む。


「……どうします?」

「どうもこうもないでしょう。弱いのが悪いんだと言ってやるだけです」

「……鬼ですね」


 まあ流石にそこまで言うことはなかったが、鍛えてやるという名目で部屋に連れ込み、それから朝までひたすらボコボコにするのだった。


「先輩の鬼! 悪魔! 後輩の気持ちもちょっとは考えてくださいよ!」

「「でも手を抜かれるとムカつくでしょう?」」

「それはそうですけどおおおおぉぉぉッッッ!!」

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