第6話 ちゃんとした朝ご飯
そして次の日。
普段は昼前くらいまで平気で寝ているルルスだが、まだまだ眠気が取れない時間に無理やり叩き起こされた。
「うーん……? なんだよコルネ……今何時だよ……」
「始業の時間である七時です」
「……早すぎ。おやすみ」
「タイムマネージャーをやってみると言ったのはマスターでしょう! 今日くらいはまともに起きてくださいっ!」
「いーやーだーっ!」
力勝負で人間がロボットに勝てるわけはない。
結局掛け布団どころかマットレスを奪い取られたルルスは、寝惚け眼を擦りながらどうにか身を起こす。
「うぁー……なんで昨日の私はやるって言ったんだ……」
「罪の意識に押し潰されたからでは?」
「……そーいやそうだったなぁ……はぁ」
ちなみに昨日のコルネ大捜索会は、ルルスがタイムマネージャーを体験するという新たな話題で払拭された。
それでいいのかお前らとはルルスが呆れながら放った言葉だが、なぜか大騒ぎしていたロボたちは聞いちゃいなかった。
だけどそいつらを隣で見ていたコルネが、密かにほくそ笑んでいたのはまだ忘れていない。いつかもっかいあの猛獣の群れの中に叩き込んでやる。
「マスター、あまりに顔が怖いです」
「寝起きだからなぁ……あと色々怒りが湧いてきたからなぁ……っ!」
「……その怒りはご自分に向けておいてください」
できるかそんなん。
若干怯え気味のコルネは睨みつけておいて、世話係としてそそくさと寄ってきたメルーナが勝手に着替えさせてくれるので、されるがままにしていつもの形だけの白衣を羽織る。
「あ、でも顔洗ってこないと」
「ではこれは持っていますね」
「おうありがとう」
名前をあげて世話係にしたらとっても尽くしてくれるメルーナに、思わずニヤニヤしながら一人でできることを済ませに行く。
「あなたは、なぜそこまで今のマスターに敬意を払えるのですか?」
「逆になぜあなた方はそこまで冷たくするのですか。昨日あなたも言っていたように、人の命は短いのですよ。なら、できるだけ笑っていてほしいと思うのは当然ではありませんか?」
「……だとしても、今のマスターにそこまでする意味はないと思います」
「そうですか。なら好きにすればいいと思いますよ。私は最後までマスターの味方ですが」
「……では、あなたの行動でマスターが変わってくれることを祈っておきます」
なんだか二人で話していた気がしたから、顔を拭く用のタオルを持ってきたメルーナに何の話? と聞いてみたが、なんでもありませんよと言われてしまった。
「ただ少し、頭の固い先輩に、もう少しマスターに優しくしたらどうだと言っただけですので」
「お、いいぞもっと言ってやれ」
「まあ変わる気配はありませんが」
「……」
なんでだよ、と少し離れたところからこちらを見ているコルネを睨めば、いつになく不満げな表情で顔を逸らされてしまった。
あいつらは確かにルルスに対して当たりが強いが、あそこまで露骨に毛嫌いするほどでもなかったと思うのだが。
「……まいいや。とりあえず飯だ飯」
相手に対していい加減なのはお互い様。
何のために作ったと思ってんだとは言いたくなるが、ならなぜ人格を与えたのですかとか言われそうだから、ここは一旦引いておく。
「メルーナ、ちゃんと作ってくれてるんだよな?」
「もちろんです。昨日コルネから七時に起こすと聞いていたので、それに合わせてできるようにしてありますよ」
「おお、さっすがメルーナ。優秀だな」
「えへへ、それほどでも」
メルーナは寡黙で丁寧だが、まだまだ甘えたがりな部分がある。
よしよしえらいえらいと撫でてやれば、滅多に表情の変わらないメルーナが嬉しそうにはにかんだ。なんだこいつ可愛すぎるだろ。
「……なるほど。マスターはギャップ萌えに弱い、と……」
「ん? なんか言ったか?」
「そんなことしてねえで早く準備してくださいって言いました」
「……嫉妬してんのか?」
「早くしてください」
「……わーったよ」
今度不意に撫でてやろうかな。
なんて考えながら、メルーナに促されるまま、昨日までは物が山積みで使うことすらできなかった席に座る。
「ん? なんでお前まで?」
「ではいつ食事すると言うのですか。私だってこのために早起きしてるんですよ」
「だったらもうちっと寝かしといてくんないかな」
「それをすると他の人たちに怒られるので、ダメです」
「……お前なぁ」
コルネも一緒に食べるらしい。
メルーナも特に何かを言うことはなく、当然のように対面に座ったコルネの食事まで用意している。
「おお美味そ〜! こんなまともな朝飯出てきたのいつぶりかなぁ」
「マスターが時間通りに起きていた時以来でしょう」
「……いちいち棘あるなお前」
だが久しぶりのしっかりした朝食の前では、コルネの毒舌も威力半減。
焼きたてと思われるクロワッサンに、今朝採ってきたと思しき野菜のサラダ。
そこにシチューまでついているんだから、ここの朝食としては最上級のものだろう。
「そんじゃまあ、いっただっきま〜すっ!」
「いただきます」
まずは湯気の立っているシチューから。
少し息を吹きかけて冷ましたら、大きめのスプーンを一口で頬張る。
「ん〜! ちゃんと野菜に味染みてるし、これめっちゃ美味いな!」
「恐縮です」
「本当にマスターが大好きな後輩ですね。朝食にここまで力を入れるとは」
「やるからには全力で、ですよ。先輩が言ったことでしょう」
「……さあ。覚えていませんね」
今のコルネは、やらなきゃいけないことは最低限の労力で、みたいなところがあるから、そんな昔の言葉はあまりに都合が悪いのだろう。
目を逸らして知らんぷりをしているコルネを、変わっちまったなぁという目で見ながら、ルルスはふと疑問に思ったことを訊いてみる。
「あれ? てかメルーナは食べないの?」
「私はもう済ませていますので」
「……なんかほんとに世話係じゃん」
主人より早く動き出して、ひたすらそのサポートに徹する。
それが本来あるべきお手伝いロボットの姿ではあるのだが、最近は生意気な連中が多すぎて逆に心配にもなってくる。
「お前はそれでいいのか?」
「これが私に与えられた役割ですので」
「……。あー。そっか。そうだな」
ふと昔のことを思い出した。
そういやこの立場の差が嫌で、今みたいな関係を望んだんだっけ。
「でもそれじゃあ寂しいし、昼からは一緒に食おうな」
「マスターがそう仰るなら」
「……うん。そうしよう」
だが最近の、マスターの威厳も尊敬もない関係は別に望んでいないので、せめてメルーナとは仲の良い友達みたいな関係を築き上げていきたい。
「……私は勝手に来ますからね」
「別にいいぞ。毒吐かなきゃな」
「それはマスター次第です」
「あっそう……」
まあ人数は多い方がいい。
ここにいる全員とか言われると大変なことになるが、一人増えるくらいなら何も問題はない。
「ですがその前に仕事ですからね」
「……わかってるよ。メルーナおかわり!」
「絶対わかってませんよね!? そんな時間ありませんからッ!」
メルーナに出した皿を取り上げようとしたコルネの手を、ギリギリのところで回避する。
「……ふっ。前は年増とか言われたが、まだまだ衰えてないんだよ」
「……性能の差を教えてあげましょう」
「ちょ、腕伸ばすの禁止!」
「……何をやっているのですか……」
そんな風にコルネと子供みたく遊んでいるうちに、時間はどんどん過ぎていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます