第5話 マスターの威厳とは
「やー、私の部屋に掃除機が入ったのなんていつぶりかなぁ」
ルルスの私室をメルーナが掃除機がけしてくれているのを、一人がけのソファに座って見ながら呟く。
今日から早速世話係として働きだしたメルーナだが、ここの万能ロボたちにしては非常に、もう本当に珍しく、文句一つないどころか満面の笑みで、実に精力的に働いてくれている。
それがあまりに珍しすぎて逆にちょっと引いているルルスだが、多分今のメルーナに言ったら泣いてしまうだろうから、そこはぐっと堪えていた。
まあ掃除機の音のせいで感謝も悪口も聞こえないんだから、多少の本音は漏らしてもいい気がするが。
「……そもそもマスターがこの部屋にいること自体珍しいでしょう」
「うわっ、コルネ!? お前、そんなぬるっと出てくんじゃねえよ!」
「しーっ、静かにしてください。今、肉体を最小にして逃げてきたんです。見つかればどうなることか……」
「あぁそういやお前にはそんな機能もつけたっけ……」
ソファの側面から顔だけを出しているコルネは、頭のサイズを戻しているだけで体はあまりにも小さい。
覗き込んでそのロボットらしい一面を確認したルルスは、ちょっと気まずくなりながら視線をメルーナの方へ戻す。
「つか、お前でもあの数には負けるんだな」
「流石に無理です。リミッターを外して良いならその限りでもありませんが」
「……やめてくれ。うちが崩壊する」
今でこそ隠居して平和な暮らしをしているが、ここにいるロボたちが生まれたのは、ルルスもいつ命を狙われるかわからない戦時中のことだ。
最初こそ手伝ってくれる便利なロボットが欲しい! という考えから構想を練っていたが、やはり近くに置くからにはある程度の武力も要る。
その結果最後の個体まできっちり殺傷力を持った危険な集団になったわけだが、中でも試作期の連中はやたらと機能が多い。
特にコルネはルルスの手伝いと護衛に加えて、諜報や外交までをも担っていたのだから尚更だ。その武力は一個大隊を相手にしても引けを取らず、他の誰かと協力すれば壊滅させ得るほどの殺傷力を持つ。
そんなのがこの広いはずなのに狭く感じる家で暴れ回ったら、流石にルルスが作った隠れ家だとしても崩壊してしまう。
「ですからマスターにお願いです。あいつらに今からでもやめろと言ってください」
「えー……? 言ったとこで聞くのかあいつら?」
「一時的に気が立っているだけです。マスターが制止すれば落ち着くはずです」
「ふーん……じゃあ止めたらコルネもちゃんと働くんだな?」
「え? いえそれとこれとは話がべ」
「おーいみんなぁっ! ここにコルネがっ……!?」
このお手伝いロボ、本当にマスターに対して忠誠心はあるのだろうか。
自分が敵地に放り込まれると気づいた瞬間、平気で口を押さえてソファに沈めてきやがった。
「……惨いですマスター。私が一体何をしたと言うのですか」
「むごごぐんぶあばばべばばっ!!(訊いてくんなら離せばかっ!!)」
「……何を言っているのでしょう」
「むーおーッ!!(こーのーッ!!)」
柔らかなソファの上でどったんばったん暴れていれば、いくら掃除機をかけているとは言え目に止まるようで。
「コルネ……? マスターに一体何をしているのですか。これが新たな遊びでないと言うのなら、いくらあなたと言えど排除させていただきますよ?」
「もちろん遊びですから安心してください。それよりあなたはマスターより新たに命じられた仕事があるのでしょう。そちらに専念してはどうですか?」
「何もないと言うならそうしますが……」
気になって来てくれたメルーナがこっちを見た。
だからルルスは精一杯助けてと目で訴えてみた。
ついでにまともに聞こえやしないが、助けてメルーナぁ! と叫んでもみた。
その結果、メルーナが下した判断は。
「何をやらかしたのですか……私に助けを求める前に、コルネに謝ってみたらいいと思います」
ダメだった。こいつもきっちりここのロボの仲間だった。
しかも何が酷いって、ちゃんと助けてアピールは届いているのに、それを別の意味で受け取りやがったってことだ。
そんなに私って普段からお前らに怒られてたっけ? そんなによくやらかすと思われてんの……? と絶望していれば、なんかちょっと悲しそうな、だけどそれ以上に面白くて仕方がないといいたげなコルネが手を離して。
「ふっ、くく……マスター、信頼度では私の勝ちのようですね」
「おいうるせえよ! てかメルーナぁっ! 私そこまでお前らの反感買ってねえからあっ!」
そう叫ぶも、掃除機がけに戻ったメルーナには届かない。
「そしてマスター、反感自体は買っています。今私たちが冷たいのは、かつてのあなたがいい加減だったからだということを認めてください」
「……じゃあ私が何したって言うんだよ」
「洗濯機」
「ぐっ」
「二百二十六号」
「……それは」
「そして雑な命令に対して細かすぎる要求事項! いくらあなたに作られた私たちと言えど、感謝と尊敬を落胆と侮蔑に切り替えるには十分だと思います!」
「ぐっはぁっ……!? お前ら、そんな、そこまで思ってたのかよ……っ」
コルネの三連コンボ! 効果は抜群だ!
クリティカルヒットを受けたルルスは、心臓を押さえてソファから崩れ落ちる。
ちなみに二百二十六号とは、ルルスの部品間違いが酷すぎて、起動と同時に永遠の眠りに入ってしまった個体である。
同胞たるコルネたちはあまり気にしないようにしつつも、実は根に持ってルルスが二度とそんな間違いを起こさないよう、持ち回りで監視していたりする。
まあ最近は新規個体を作ることもなくなったので、その監視も随分と緩くなってきたが。
「そういうわけですマスター。わかっていただけましたか?」
「ぐ、わ、わかった。わかったよ。私にも落ち度あるって言いたいんだろ?」
「常に抗議していましたけどね」
「……何が望みだ」
苦しげな顔のまま睨んで言えば、コルネは実に真剣な顔で。
「一回本気で私たちの仕事をやってみてください。あなたがノリと勢いで増やしまくった、我ら総勢五百体を支える仕事を」
「……大変なのは知ってるよ。それを解決するために作ったんだから」
「ええ、ええ。それはわかっていますとも。ですからやるのは調理か掃除かタイムマネージャーのどれかでいいです。これに加えて洗濯が過酷な仕事でしたが、それはもう解決されてしまったので」
「……タイムマネージャーってなに?」
「怠惰な私たちに仕事の時間を教える役割です。時には叩き起こし、時にはカジノから引っ張り出し、時には本気で隠れた人を探しだすだけの仕事ですよ」
「いや何してんの? 最後のはもう仕事だってわかってんじゃん」
「それでも嫌だから逃げてるんですよ。一応悪いことはわかっているので、捕まえれば大人しく仕事をします」
「なら最初からやれよ!」
とはいえルルスも面倒ごとからは逃げてきた人間である。
なんとなく気持ちはわかるなあと思いつつも、その面倒ごとをやってもらうために作ったんだから逃げられては困る。
「……はぁ、まあじゃあ、そのタイムマネージャーだけやるよ」
「おお、まさかあのマスターが本当にやるとは」
「お前私のことなんだと思ってんだよッ!」
「怠惰で自分勝手などうしようもない人」
「はぐぅ……っ!?」
ここのところ強烈なカウンターで沈められているルルス。いい加減脊髄で叫び返すのはやめた方が良さそうだ。
「では明日一日、頑張ってみてください」
「……わかったよ」
というわけで、暇なはずのルルスにとんでもない仕事が入った。
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