第4話 意外とわかりやすい子供たち
どうにかパンを見つけたので、卵と一緒に焼いて朝食にしたルルス。
なんだか物欲しそうな目でこちらを見ていたので、ついでにコルネの分も作ってやって一緒に食べる。
「……なんでしょう。パンに弾力がない気がします。これ賞味期限切れているのでは?」
「腐ってなきゃいいだろ。不味くて死ぬわけじゃねえんだし」
「……調理係の必要性を再認識しました」
ちなみにこいつら、ロボットなだけあって別に食事は必要としていない。
ただ感情と人格を形成するために人の感性は必要だったから、生物特有の無駄も搭載していると言うだけで。
「つかなんで全員分の飯作って全員分の服洗ってんの? 別に本当に必要なの私だけなんだから、そこを無くせばもっと楽になるはずだろ」
「……マスター、それはあんまりです。元はと言えばマスターが、そっちの方が人間らしいと私たちに求めてきたことではありませんか。それを今更やめろだなんて、あまりに惨いです」
「……マジで?」
「大マジです。少し前から懸念していましたが、やはりマスター、そろそろ記憶力が怪しくなってきたのでは?」
「まだそこまでじゃねえよ!? つかだったら昔のことの方が覚えてんじゃねえの!? あんま知らないけどさ!」
「最後の言葉に哀愁を感じます」
「だから違えってッ!」
認めたくない心の表れなんてそんなことはない。断じてない!
「ですが実際、マスターの年齢は少し気になります。私たちはガタが来た部分を取り替えれば実質不老不死ですが、人間であるマスターはそうではありません」
「……なんだよ。まだ心配される歳じゃねえけど」
「いえ、今のような不摂生な生活を続けていれば、あと数年で健康な体は失われ、十年後にはまともに動けなくなっているかと」
「……そんなマジな顔で言うなよ。嫌でも考えちまうじゃねえか」
今の世界の平均寿命は、男性で六十歳、女性でも七十いかないくらいと言ったところだ。
ルルスはまだ心配するほどでもないが、しかし確かに不調は出ていて。
「ん? 五号じゃん。あ、もしかしてゲーム大会勝ったの?」
後ろに大勢の後輩を引き連れて、二号の次に古参の五号がやってきたので訊ねれば、寡黙な五号はこくんと一つ頷いた。
「ふーんそっかぁ……あ、じゃあ、お前が私の健康管理係な」
「!?」
「コルネは勝手に秘書名乗ってるけど、与えた役割じゃねえし」
「!?」
「お前ら二人して驚いてんじゃねえよ! 試作期の古参どもだろ!? もっと素直に私の言葉聞けって!」
「「えー……?」」
「嫌がってんじゃねえよ!? つかコルネはさっきまで心配してただろ!? だったらもっと敬って労われよっ!」
そこまで言えば、コルネと仮称五号は顔を見合わせて。
「……仕方がないですねぇ。今回だけですよ?」
「何がだよッ!」
「名前をいただけるのなら、私がマスターの健康を管理しても構わない、ということです」
「そしてそのためならこいつに名前を与えることも許しましょう、ということです」
「……お前ら何様なの……?」
とは言え世話係が増えるのは喜ばしいことである。
当番制にしてもまともに回らなくて、腹が減る度に調理係を捕まえに行っていたのだから、そこの手間が省けるのは喜ぶべきはずなのだ。
態度のせいで、素直に感謝しづらくなっているが。
「まあいいや。じゃあ五号でいいのな。お前らもう文句言わないな?」
「「「だってゲームで負けちゃったし……」」」
「その潔さはなんなんだよ」
気に入らなければマスターにも楯突くくせに。普段から私の言うことなんて聞かないくせに!
「じゃあ五号。今からはお前はメルーナだ」
「どう言った意味でしょう」
「多分感謝」
「……わかりました。これから私はメルーナです」
コルネと同じように名札を渡してくるので、ルルス直々に『メルーナ』と書き込む。
それを渡せばメルーナは、周りを警戒することも見せつけることもなく、悠々と服の左胸に安全ピンを通して名札をつける。
そしてそれを眺めて、実に人らしく手を戦慄かせながら瞳を輝かせ。
「……ついに、ついに私にも名前が……!」
「え、ちょ、そんな感激する!?」
「五番、ああいえ、もうメルーナでしたね。彼女は特にマスターが好きですから。昨日の名札争奪戦で、最も私を追い詰めたのも彼女でしたし」
「何してんの?」
名札を奪ったところでその名前をもらえるわけじゃないのに。五号なら言ってくれれば考えてやらないこともなかったのに。
でも、そこまで好かれているという事実は、ここのところ全く威厳がなく、マスターらしい扱いをしてもらえないルルスにとっては嬉しいものだった。
「ま、これからもよろしくな、メルーナ」
「……はいっ、これからマスターのお世話係として、精一杯頑張らせていただきますっ!」
「うんうん。こういうのだよこういうの。こういう尊敬と感謝の眼差しを求めてたんだよ」
「「「……!?」」」
「お前らもちゃんと見習えよな」
最近は馬鹿にされてばかりだったからやっていなかったが、久しぶりに我が子を可愛く思えたのでメルーナの頭をぽんぽん撫でてやったら、意外と見ていたその他大勢がざわざわし出した。
コルネさえも恨めしげな顔をしているし、なんだかんだみんなルルスに認められたいのかもしれない。
「……惨いですマスター。私の方が先に作られたのに」
「だからお前は昔散々構ってやったろ」
「「「!?」」」
「ちょ、マスター、昔の話はほどほどに」
「あの頃のお前はほんとの子供みたいに甘えん坊でなぁ。ま、可愛かったから毎日遊んでやったけどさ」
その他大勢の目が、獲物を狙うハンターのようにギラギラと光っていたから、コルネというエサを投げてやったら案の定、獰猛な狩人たちに囲まれて沈められていった。
マスター!? わかっててやりましたよね!? お願いですから今からでもこいつらに停止命令をっ、でなければ私、本当に、という声も血に飢えた狩人たちの呪詛によって掻き消されていく。
「よーしメルーナ。まずは私の生活に必要な物を教えてやろう。ついてこい!」
「イエス、マスター!」
そうして、コルネよりよっぽど忠誠心のありそうなメルーナが、ルルス専属の世話係として就任した。
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