午前8時の疾走

奈須田相差

午前8時の疾走

 その天文台を訪ねるのは2年振りくらいだった。山あいの小さな町にある観光客向けの施設で、ローカル線の最寄り駅から徒歩1時間程というお手軽な立地ながら、写真みたいな天の川を肉眼で見られる。天文台長と知り合いだったので学生のうちは入り浸っていたが、社会人になってからは足が遠のいていた。

 歩いているうちに雲行きが怪しくなって、天文台に着く頃には今にも泣き出しそうな空だった。おかげで客は他に無く、台長以下職員の皆さんが事務室に詰めていて、勝手知ったる何とやらで世間話の輪に入った。暫くして、若手のFさんの顔が見当たらないのに気が付いた。非番かと思い聞いてみると、全員の顔がさっと曇った。少し間を置いて、台長が重い口を開く。

「……F君、実は、亡くなったんだよ……」

 実はFさんは長年病弱なお母様を世話していたのだが、その甲斐無くお母様が亡くなってしまい酷く憔悴し、それでも勤務はこなしていたのだが、ある朝お母様の後を追うかのように逝ってしまったのだと……。

 驚いた。実はつい1週間前、元気そうなFさんの姿を見かけたのだ。天文台は他の遊戯施設やら食堂やらが点在する公園の一角にあり、毎朝8時に全施設から1名ずつ本部に集まっての合同ミーティングがある。その朝、何となく公園のHPを開いてライブカメラを見てみたら、8時ちょうどに天文台から本部へ駆けて行くFさんが映ったのだ。あらら、天文台からは宿直明けの人が出席することになっていたはずだが寝坊かな?ギリ間に合うといいな……と苦笑して、それで久々に天文台に足を運ぶ気になったのだ。

「随分急なことでしたね。元気そうに見えてたのに」

「そうなんだよ、少し笑顔も戻ってきてほっとした矢先だったんだけどねぇ……。つい1週間前」

「……え?」

 つい1週間前、ライブカメラに映った姿はめっちゃ元気そうだったが?ではその翌朝?……と言いかけたのだが、台長の話の続きを聞いて、言葉がもう喉に詰まって出なくなってしまった。

「つい1週間前、命日だからお線香上げに行ってきたところだよ……」

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午前8時の疾走 奈須田相差 @Vicarya4471

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