第八譚:牡丹燈記 其の参

「どうかご内密にお願いできますでしょうか?」


 老婆は俺に懇願した。要するにこの老婆は堕胎された女の胎児を慈善団体を装って引き取り荼毘に付した後、かねてから夭折ようせつした息子の冥婚相手を探していた家族に紹介していたことになる。堕胎された胎児は戸籍もないし、人として認められていない、だから堕胎が出来る。だからと言ってその遺体を好きにして良いはずがない。


「冥婚が為されなければ、この女の子は独りぼっち。誰に手を合わせられることも、誰に祈ってもらうこともできません。」


 おかっぱ頭を悲し気に振り乱しながら老婆は続けた。老婆に似つかわしく無い牡丹細工の耳飾りを揺らして。


「この女の子は冥婚した子のご家族に、嫁として、家族の一員として迎え入れられたのです。この一族が続く限り、ずっと手を合わせてもらえるのです。お願いです。堕胎した母親の気紛れでこの幸せを壊さないでください。」


 俺は正直迷っていた。もちろん依頼人を尊重するのは俺の稼業では当たり前の話だ。しかし聞けば聞くほど、この老婆の言うことは筋が通っている。俺がもしも依頼人にこの話をすれば、寺から位牌や遺骨は取り上げられ、冥婚は解消され、この老婆にもなんらかのお沙汰が下るだろう。それが良いとは俺にはどうしても思えなかった。


 俺は仕方なく引き下がった。何度も頭を下げる老婆に踵を返し、俺は思案した。依頼人にはどう伝えようか?


「あなたの赤ちゃん、少なくとも寂しくは無いようですよ。」


 誰にともなく呟いた俺は、先ほどの老婆が牡丹細工の燈篭を持って、仲睦まじい少年と少女をどこかへ導く姿を思い描いてみた。それは何だかとても幸せそうな気がしたんだ。

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怪奇面妖今昔奇譚 Bamse_TKE @Bamse_the_knight-errant

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