第八譚:牡丹燈記 其の壱

たんと伝わる 昔の話


嘘か誠か 知らねども


昔々の 事なれば


誠の事と 聞かねばならぬ


 昔々、昔はからの国と呼ばれた国の名前が数回変わったころ、その国に喬生きょうせいという男やもめがおったそうな。喬生は美しい顔立ちと身なりをした、立派な青年であったようだが、妻に先立たれてからは寂しさに気を病んでいたとか。


 旧正月を少し過ぎたころ、喬生は夜更けに一人夜道を煌々こうこうと照らしながら進む、燈篭とうろうの行き来を呆然ぼうぜんと眺めていた。すると美しい牡丹細工がなされた燈篭を持ったおかっぱの少女が喬生の前を過ぎ去り、その燈篭に照らされた美しい女性が喬生の前を通り過ぎた。美しい女性は自分に見惚みとれた喬生に気付き、伏し目がちな微笑みを浮かべて喬生の前を通り過ぎて行った。亡き妻にも似た美しさに、喬生はたちまち夢中になり、燈篭の明かりに惹かれる虫の如く、二人の後をふらふらと追い始めた。


 牡丹燈籠の少女と美女を追い越した喬生は、他に誰もいない夜道で二人に話しかけた。聞けばその美女は零落れいらくした名家の生まれ、今は親も家族も無く寂しく暮らしているのだとか。美女はその名を麗卿れいきょうと名乗り、連れの少女は金蓮きんれんと名乗った。


 麗卿の美しさに惚れ込んだ喬生は、金蓮に案内され喬生のもとにやってくる麗卿との逢瀬を楽しんだ。あまりに入れ込み過ぎた喬生は寝食をも忘れ、次第にやつれていき身なりの乱れも気に留めなくなっていた。そんな姿を意にも介さず無く、歓待してくれる麗卿のことで喬生の頭は一杯になっていた。


 しかしとある日あきらかに様子のおかしい喬生を見かねた友人が、魑魅魍魎に詳しい導師を訪ねた。その導師はしばらく喬生の様子を探っていた。とある日導師がこっそり様子をうかがう喬生の家に夜の帳が降りたころ、ぼんやりと牡丹細工の燈篭が喬生の家に向かってくるのが見えた。その燈篭に照らされていたのは燈篭を持った小さな少女とそれについて歩く大きな骸骨が、足取りも軽く喬生の家に向かう姿であった。


 導師は朝になって喬生に忠告した。喬生が夜な夜な逢引きを楽しんでいる相手は邪鬼じゃきであると。そしてこのままでは喬生が取り殺されてしまうとも話した。しかし喬生は聞く耳を持たず、仕方なしに導師は喬生には内緒で喬生が住む家の前で邪鬼除けの結界を張り、邪鬼が来るのを一人待っていた。


 その夜喬生は麗卿たちがやってくるのを今か今かと待っていた。しかし麗卿たちはいつになっても現れない。それもそのはず、邪鬼除けの結界が麗卿を寄せ付けないのだ。一緒に来た金蓮はさめざめと泣きながら、おかっぱ頭を振って導師をなじった。


 二人を永遠とわに結び付けたいと願う、私の心を踏みにじるのか。


 金蓮の迫力に驚いた導師その迫力にたじろぎ、思わず邪鬼除けの結界を解いてしまった。その行為に金蓮はにっこりと微笑み、その夜は喬生の家に足を踏み入れることなく、麗卿と喬生を引き連れて牡丹燈籠に照らされた夜道を歩き始めた。


 翌朝我に帰った導師が昨夜のものであろう足跡を辿っていくと、そこには石造りの墓があり、中には棺が一つ置かれていた。導師がそっと棺を開けると、そこにはさきほどまで生きていたような麗卿と喬生がその美しい屍を重ねたまま息絶えていたという。


 その後牡丹燈籠を持った少女に連れられた麗卿と喬生の姿を夜道に見る者が後を絶たなかった。夜道を進む牡丹燈籠に照らされた喬生と麗卿の姿は生前のように美しく、そして幸せに溢れていたと伝えられている。

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