第七譚:天邪鬼 其の参

「今日からお前の名前は尾之上順子だ。」


 最早忘れかけた母国語で言われた言葉、この響きだけはずっと私の耳から離れない。もう何十年も前の話なのに。

 

 尾之上順子さん、会ったこともないどこかの誰か。私は詳しく知らないけれど、身寄りも無くほとんど孤児同然で生まれ育ち、生まれ育った町を離れて初めての旅行に出た時、不幸にも失踪してしまったのよね。あなたのような身寄りのない、知り合いも少ない日本人を私の国はずっと探していたのよ。


 私は祖国で食うや食わずの生活を生き延びながら、祖国の言葉を忘れるほどに日本語を勉強させられた。そしてあなたが姿を消したタイミングで、日本にやってきた。あなたの生い立ちを、戸籍を、人生を丸々頂戴して。


 日本に来た頃、私にも本国から連絡や指令が来ていたわ。でも本国のほうが色々と混乱し始めて、日本との関係が変わってからは祖国にとって私は居なくてもいい存在になったみたい。いつの間にか自由の身分を手に入れて、私は尾之上順子さんのまま結婚、出産、そして孫娘にまで恵まれた。


 優しい孫娘が願う通り、瓜子姫や尾之上順子さんが無事であったら私も正直嬉しいわ。尾之上順子さん本人が日本に帰って来られると私が困っちゃうけど。私の知らない他のところで幸せになってくれてるといいわね。


 孫娘には絶対言えないけれど、瓜子姫になりすました天邪鬼がハッピーエンドを迎えるストーリーだってあるんだから。

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