第六譚:狐の嫁入り 其の参

「あ、お天気雨だ。」

 長い接吻の後ようやく姫が口から発した言葉だ。姫の唇に心奪われ過ぎて気づかなかったが、私の肩と背中はいつしか雨に濡れていた。私は雨に濡れないように姫をバルコニーから連れ出し、バスローブを羽織った姫を後ろから裸のままで抱きしめながら陽光に煌めく雨のしずくを眺めていた。

「狐の嫁入りと言うそうだね。」

 私は姫の首筋に唇を這わせながら呟いた。姫はその行為に身悶えながらも、涙ぐんだ目で訴えた。

「私はあきらにお嫁入りできない。こんなに愛しているのに。」

 そう言うと姫は私に向き直り、姫ほど豊かではない私の乳房に触れた。私は脳髄まで響くような甘い疼きと、胸に突き刺さるような心の痛みに翻弄された。私は二つの感覚に身を焼かれながらもどうにか言葉を捻り出した。

「おいでよ、私の、お嫁に、おなり。」

 その言葉に姫が狼狽えた。その隙に態勢を入れ替えた私は自分の胸を姫の背中に押し付けながら、後ろから姫を抱きかかえた。

「あきら、うれしい。でも・・・・・。」

「でも?」

「おんなじからだ、どうし、女同士じゃ、結婚、できない。」

 不安げに言う姫の唇を肩越しの口づけで塞いでから私は言った。

「狐にもね、雌同士でつがいになったたちがいるそうだよ。」

 言葉に詰まりながら姫が呻いた。

「素敵、およめいり、したいっ。でも、狐の嫁入り、お、お天気雨のお嫁入り、お、んなど、うしの、およめ、いり。」

「そうだよ、私のお嫁においで。」

 感極まりつつある姫の言葉はもう言葉の体を成さなくなっていた。私なりに要約すると姫はこう言っている。

「そんなお嫁入りを、世の中は認めてくれるのかしら。女同士のお嫁入りで、世の中は何か変わるのかしら。」

 お互いの深い愛情を理解しつつも不安が消えない姫を私は諭した。

「お日様燦燦さんさんと照る中に、雨が降れば・・・・・。」

「雨が降れば?」

 姫がかろうじて聞き返してきた。

「幸せの虹がかかるさ。」

 その言葉に弾かれた様に、姫は私に向き直り、折れんばかりの力で私の首に抱き着いてきた。

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