第五譚:座敷童 其の弐

「可愛い吾作、お前がいてくれれば我が家は安泰だよ。可愛いお前と賢い兄ちゃま、母様は幸せだよ。」


 頭にほっかむり、くたびれてはいるが色合いの良い着物を着込んだ中年を少し過ぎた女が、可愛らしく微笑む吾作と呼ばれた男の子を撫でている。吾作はもうすぐ十歳になろうという背丈ながら、幼児のような腹掛けを着て、それにやや大きすぎる丹前を羽織っていた。母親がその子を愛おしそうに撫でても、吾作は恥ずかしそうに微笑むだけで、一言も言葉を発しない。


 吾作は生まれて10年になろうとしているが、未だにその声を聞いたことのある者は無い。家の手伝いどころか、吾作は着物の着替えさえも満足にできない。家族は幼少期こそ心配したものの、吾作こそが幸せをもたらしてくれる座敷童として大切に育てた。


 知恵が遅れたり、体に障害がある子供が大人になるまで育ててもらえることは稀、そんな時代であった。吾作のような子供が生き残れたのは、裕福な家庭だけ、違う家で生まれた子供たちは大人になる前に天へと返された。自らを育んだ親の手で。


 吾作の家は代々絹糸を紡いで生計を立てていた。手のかからなかった長男晋作に比べれば、吾作を育てるのは大変であったが、吾作が大きくなるにつれ、お蚕様かいこさまの糸は上質となり、お蚕様の餌となる桑の葉にも困ることが無くなった。まさに吾作はこの家にとって座敷童そのものだったのである。

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