第三譚:飴買い幽霊 其の弐

「良いですか、皆さん。このお話に出てきた幽霊は水飴で新生児の命を繋ぎましたが、現代にはミルクがあります。おっぱいをあげられないときはミルクを。ミルクなら男性でもあげることができます。」

 先ほどの怪談に引っ掛けた老年小児科医前田の言葉に会場は沸いた。この日は自治体主催の子育てセミナーが執り行われており、初老の小児科医師前田もこのセミナーでの講演を頼まれていた。

 ホールに響く拍手に手ごたえを感じながら降壇した前田医師は、そのまま控室へと向かった。控室へ向かう廊下で前田を呼び止める声がした。

「あの~、講演拝聴しました。」

 見れば若い娘が恐縮に肩をすくめつつ立っていた。おそらくは二十歳前のその娘はなにやら前田に相談があるようだ。前田は喜んでそれに応じた。


「わたしダメな母親なんです。シングルマザーだからいつだって赤ちゃんを最優先しなくちゃいけないのに、その責任に耐えられないんです。」

 ベンチに腰掛けながら話す若い娘はそう言いながら両手で顔を覆った。前田はその隣に腰掛け、黙って話に耳を傾け続けていた。

「幽霊だって赤ちゃんを育てる母性を持っているのに、私には母性が無いんです。いつも自分の母親に赤ちゃんを任せきり、自分は開放感に浸っています。このセミナーに参加すれば何か変わるのかと思ったけど、私は何も変わっていません。」

 自責に咽ぶ娘に前田はそっと語りかけた。

「僕は母性という言葉はあまり好きではありません。子供を母親だけに押し付けているように聞こえて。」

 意外な言葉に娘は涙をこぼしながらも顔を上げた。前田は一人語りのように続けた。

「でも敢えて母性という言葉を使うなら、貴女は立派に母性を持っています。赤ちゃんが産まれてくるまで、赤ちゃんを育てたのは貴女なのですから。」

 そう言うと前田は天井を向きながらため息をついた。そして続けた。

「もう一つ昔話をしても良いですか?」

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