第17話

 夕食の際に、今日あったことをガイラに話すのがロフシーの日課になっていた。

「それで、パニメットさんにはリザードマンさんたちの言葉がわからないみたいなんです。でも私には普通に聞こえるのはどうしてですか?」

「それが精霊というものだからだ」

「精霊って、あの昔話にでてくるのですか?」

「どんな昔話だ」

 ロフシーが幼い頃、寝る前に一緒のベッドの上で語り聞かせてくれた話だ。

『昔の昔のそのまた昔。この場所が荒野ではなかったころ。山と土には緑があふれ、大きな川から小さな川がいくつもあった。いたる所を動物が駆け回り、川には数えきれない魚が泳ぐ。なぜそんなに豊かなのかといえば、この土地に精霊が住んでいたから。精霊は木々や草花のなか、漂う風に乗り、ときおり動物や人々に混じって遊び暮らしていた。しかしある時、精霊たちの怒りをかう出来事があり、この土地から去ってしまう』

「……それからここは生き物のいない荒野になった。たしかお母さんが話してくれたのは、こうだったと思います」

「かつてここは、精霊が舞う地と呼ばれていた。しかし今残っている精霊は、この者たちだけだ」

「その精霊が、リザードマンさん?」

 ロフシーとリザードマンの目が合う。

「精霊に見えないか。たしかに見た目は大きく、不気味だからな」

「そ、そんなことないですよ! なんてこと言うんですかガイラさん!」

 ロフシーは椅子から飛び降りると、後ろに控えていたペンダントを下げたリザードマンに駆け寄ると、その手を両手で掴んだ。

「私はリザードマンさんのこと、怖いなんて思ってないですよ!」

「ありがとうございますロフシー」

 リザードマンは嬉しそうに目を弓なりにする。ガイラの側へ控えていたリザードマンは、その様子を見て同じような表情になる。

「微笑ましいですね」

「ふん」

 ガイラは無表情だが、その雰囲気は柔らかいものだった。


「ええっ? リザードマンって精霊だったのかよ!」

 ロフシーの仕事を見学していたパニメットは驚いて、手伝いをしているリザードマンを目を開いて見つめる。

「そうみたいです。すごいですよね」

「凄いなんてもんじゃねえだろ。本物の精霊が残ってるなんて、誰でも驚くだろ。まあ、言っても信じないだろうけど」

「どうしてですか?」

「ここは、怒れる精霊の荒野だからさ」

 ロフシーは作業の手を止めた。

「何ですかそれ?」

「ロフシーは知らないのか。大昔はここも木や動物がいくらでもいる場所だって知ってたかい?」

「はい」

「理由はわからないけど、強い精霊がひどく暴れたらしい。人間が何か悪さでもしたんだろうね。それでここは何にもない荒野になってしまった、ていう話さ」

「私が聞いたことあるのだと、精霊が怒ってここを出ていったって」

「へー。まあそういうわけで、ここいらだと精霊っていうのは恐れられているのさ。怒りに触れたら何をされるかわからないってね」

 ロフシーは体が大きいが、よく見ると愛嬌のある目をしていると思うリザードマンへ目を向ける。

「そんなに怖そうに見えないですけど」

「初めて見たときはアタシも腰を抜かしたよ」

 リザードマンは静かに二人の会話を聞いていた。

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