第15話

 作業場にはただ青銅を削る音だけが聞こえる。端を大胆に小刀で切り落とし、細かい調整を入れながらヤスリで削る。何度も何度も、向きを変え角度を変え繰り返す。

「…………」

 作業をしているロフシーは先程とは全く違う雰囲気を持つ。まばたきの少ない瞳は一心に手元の細工物に向けられ、手指はいくつもの道具を瞬時に使い分ける。まさに職人の姿だった。

 様子が一変したロフシーを無表情で見ながら、ガイラの心は驚きに揺れていた。まだ幼いとすら見える少女が、一流の職人技術を見せている。集中している姿は、彼らなど全く意識にないようだった。

「素晴らしい腕前だと思います」

「確かにそうだな」

 ガイラとリザードマンたちに見守られながら、ロフシーはあっという間に青銅をコインの形に削り出した。次に針のような道具でその表面に彫刻を施していく。

 不意に道具を置くと違う材料を取り出した。細い針金のようになった真鍮だ。それを短く切断すると先が細い鉗子を使用して器用に曲げ、輪を作った。それを繋げていくと細い鎖が完成する。それを青銅のコインに装着すれば、ペンダントが完成した。

「ふうー、できた! これ、どうぞ」

「我にですか?」

 ロフシーがペンダントを渡したのは、彼女の護衛としていつもそばにいてくれたリザードマンだった。

「はい。私のためにずっとそばにいてくれて、この前は背負ってくれましたよね。そのお礼です。私、まだリザードマンさんたちの顔があまり見分けられなくて……でもこれを着けてもらえれば、誰かわかると思って」

 リザードマンは青銅のペンダントを目の前に持ってきて見つめる。

「もしかして、いらなかったですか?」

「いえ。そんなことはありません。光栄です」

 リザードマンはペンダントを首にかける。青銅のコインには精緻なリザードマンの顔が彫刻されていた。この短い時間で作ったとは思えない出来だ。

「気に入ってもらえたなら嬉しいです」

 そう言って笑うとロフシーは再び作業に戻った。新しい青銅を取り出すと削っていく。

「…………」

 ガイラは首のペンダントを指でつまんで見ているリザードマンを、無表情で、しかしどこか冷たい視線で見つめていた。

「ガイラタビィーエ様。羨ましいですか」

 傍らに立つリザードマンの言葉に、小さく鼻で息をはく。

「そんなわけがあるか。ただ、主人ではなく先にその臣下に渡すのは、いささか礼を失していると思わんか」

「それは確かに」

 不機嫌さを隠せていないガイラの声に、リザードマンは笑わないようにしながら返事をした。もしも笑ってしまえば、怒りをかってしまうのが決まっているからだった。

(ずいぶんガイラタビィーエ様は変わられた)

 はるか過去の記憶では、常に超然としていて全く感情を見せなかった。しかし今はそうではない。顔こそ無表情だが、腕組みをしながら指先が何度も上下している。明らかに苛立っている証拠だ。臣下であるリザードマンにとって、それはひどく微笑ましい姿だった。

「できた!」

 それは先程作ったものと同じ、青銅のコインのペンダントだった。

「どうぞガイラさん」

「……俺にか」

 ガイラはコインの表面に彫刻されたものに眉を上げた。

「館に大きな像があって、用水路にも使われているってことは、重要なものだと思ったので」

 コインには角のある蛇の頭が彫刻されていた。細かい鱗まで彫られていて、表面も滑らかにヤスリがけされている。

「……なかなかいい出来だ」

「裏にもあるんですよ!」

「ほお?」

 コインを裏返したガイラの顔が歪む。

「なぜこれを彫った」

「それは大切なひとたちですから」

 コインの裏には、リザードマンの顔があった。

「もうひとつ作れ。リザードマンの顔が無いものだ」

「え? わかりました」

 作業に戻るロフシー。ガイラは口の端を歪めて苦そうにコインを見る。

「良い出来ですね」

「見た目はな」

「気に入らないのであれば我に頂けませんか」

「……黙れ」

 横目で睨むガイラに、リザードマンは笑みで目が弓なりに変化した。それを見て小さく舌打ちが出る。

「まったく、気がきかぬ奴だ」

 鎖を掴んだペンダントがくるりと回り、コインは角がある蛇の頭を見せた。

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