第13話

 パニメットの鍛冶場を出ると、そのすぐ近くにある建物へロフシーは案内された。

「ここがお前の仕事場になる場所だ」

「え? 大きすぎます!」

 村にいたときの作業場は自宅と同じ建物だったというのもあるが、ひどく狭く母親とロフシー二人の体が触れそうなほどだった。しかしここは先ほどのパニメットの鍛冶場よりも広いのではと思える。

「建物はいくらでも余っている。気にするな」

 作業場だけではなく、二階にも部屋があり暮らすには十分な場所だった。

「ここに住んでもいいんですか?」

「ああ。ただし生活に必要な家具などはまだ運んでいないから、住めるようになるのは数日後だな。清掃もまだ全部できていない」

「ええっ、これで十分ですよ」

「だめだ」

 その後もロフシーとガイラたちは街中を巡り歩いた。


 その日の夕食後、部屋でベッドに寝転びくつろいでいたロフシーはノックの音に頭を上げた。

「はい」

「湯浴みの用意ができました」

「湯浴みって何ですか?」

 リザードマンに案内された場所には浴槽がひとつ置いてある浴場だった。浴槽は陶器でできていて、縁には流線形の装飾がされている。浴場の床には色とりどりのタイルが並べられ、見た目も美しい。

「服を脱いでください」

「ああー。水浴びするんですね」

 ロフシーは躊躇うことなく服を全部脱ぐと、置いてあった椅子に座る。

「頭からお湯をかけますので。失礼します」

 リザードマンが桶で浴槽の湯をすくい、ロフシーの頭からゆっくりかける。

「わぷっ! え? 温かい?」

 村では火を起こすための燃料は貴重なものだった。こんな大量の湯を風呂だけのために沸かすことなどありえない事。ロフシーはこれまで水浴びしかしたきことがない。それもわずかな水で濡らした布で体を拭く程度だった。こんなふうに頭からお湯をかぶるなど初体験だ。

 もう一度お湯をかけると、リザードマンは石鹸を手にとる。

「髪の毛を洗います」

「わわっ、わわっ」

 汚れが染みついたロフシーの髪の毛は、簡単には泡立たない。二回洗うとやっと頭が泡に包まれる。

「不思議だなー」

 ロフシーは自分の手についた石鹸の泡を飽きずに観察している。彼女は石鹸も見たことがなかった。高級品なので村で使っている者は一人もいなかった。

 髪の毛を洗い終えると、石鹸をつけた布でロフシーの体をリザードマンはその大きな手で洗う。

「ふえー」

 体を石鹸で洗うのも初めてなので、その奇妙な感覚に思わずロフシーの口から声が漏れる。リザードマンの指先には彼女など細切れにできそうな鋭い爪があるのだが、全く恐怖は無い様子だ。

「ああぁー、気持ちいいー」

 浴槽に入り温かい湯に体を沈めたロフシーは、目を閉じて心地よさについ声が出てしまう。

「……こんなことになるなんて、ぜんぜん思ってなかったな……」

 浴槽のなかで蒸気が漂う天井を見上げる。

 母親が亡くなり、村を追い出され、このまま死んでしまうのかと思いながら荒野を歩いていたときを思い出す。死んでしまえば亡くなった母親とまた会えるのではないか。そんな思いが常に頭の片隅にあった。しかし今は死のうとは考えていなかった。

「ガイラさんに恩返ししないと」

 湯のなかで小さな拳を強く握りしめた。


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