第8話

「なんだか、大変なことになっちゃった」

 ロフシーは大きな寝台の端に座りながら、ぼうっと天井を見上げている。

 ここは巨大な屋敷の一室だった。すでに窓の外は夜なのだが、巨体トカゲがやってきて燭台に火を灯してくれたので部屋は明るい。

 部屋は広く、背の高い棚や衣装箱、書き物机と鏡がついた化粧台まであった。それらも全て美しい木製家具であり、彼女は恐ろしくて触れることができなかった。だからといって立ち続けるのは疲れるので、こうしてベッドの端に座って身動きせずにいた。

「このベッドもすごいし」

 ロフシーは真っ白なシーツを手のひらで撫でる。滑らかな手触りは、着古した自分の服とは比べることができない心地よさだ。これの素材が何なのか彼女には見当もつかない。女神がまとう衣だと言われれば信じてしまいそうだった。

「夕食まで待っていてって言われたけど、もうそろそろかな?」

 ドアを数回叩く音が聞こえると、大きなトカゲが部屋へ入ってきた。

「夕食の準備ができました。案内します」

「わかりました!」

 もう何日もまともな食事をしていないロフシーは、勢いよくベッドから立ち上がった。

 案内されたのは中央に丸いテーブルがひとつだけ置いてある部屋だった。椅子は二脚だけある。

「ガイラタビィーエ様は後程来られますので、しばしお待ちください」

「あの、これって何が燃えてるんですか?」

 椅子へ座ったロフシーは、テーブルの中央に置いてある火が灯された燭台を指さした。

「それは蝋燭です」

「蝋燭……はじめて見た……」

 白い蝋燭は燃えているのに何も臭いがしない。家畜の糞を燃やすか石炭の臭いしか知らないロフシーには、それが不思議で仕方がなかった。

「それに綺麗な細工」

 美しく磨かれ輝く燭台には花の装飾がされていた。どうすればこの細工ができるだろうかと、ついロフシーは考えてしまう。

「…………」

「おい」

 じっと燭台を見つめていたロフシーは、対面にガイラがすでに座っていたことに気づいていなかった。声をかけられて肩を跳ねさせる。

「わっ! ガイラさん、いたんですね」

「はあ……その燭台のどこが気に入ったんだか」

「だってすごく綺麗な細工ですよ!」

「そんな物はいくらでもあるから、後で見せてもらえ」

 トカゲがやってきて皿を二人の前へ置く。

「すごい! 何ですかこの白いお皿は!」

 ロフシーが見たことがある食器は、祖父よりも前から使い続けているあちこち欠けた木製の皿しかなかった。白い陶器の食器など見たことも聞いたこともない。

「銀色のスプーンだ!」

「いいから静かに食べろ」

 皿にはスープが入っていた。細切れにされた野菜が入っている。それをすくって一口飲んだ瞬間、ロフシーは目を見開く。

「美味しい」

 塩を入れないこともある村での食事では、味わったことのない美味だ。塩味だけではなくほのかな甘味もある。

 ロフシーは夢中でスプーンを動かし、皿と当たって音をたてる。ガイラは音を一切たてずに食事をしているが、彼女を注意することはなかった。

 そのあとも次々と料理が運ばれてきた。ステーキが出てきたときはナイフの使い方がわからず、ロフシーはガイラの真似をして食べた。

「おなかいっぱいだ~」

 膨れた腹を両手で押さえながら、ロフシーは満足そうだ。

「それはよかったな」

 ガイラは優雅に食後のお茶を一口飲む。絵付けされた陶器のティーカップは見たことがない物で、ロフシーはつい見つめてしまう。

「これも珍しいか」

「はい。それって色を塗ってるんですよね? 私は細工しかやったことがないので、面白いです」

「そういえばお前は細工師だったな」

「母に習いました」

「その母は亡くなり、村を追い出されたと」

「はい……」

 気詰まりな沈黙。

「……ロフシー。ここで細工師として働く気はあるか?」

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