第3話

 ロフシーは「これは夢なんだな」と思いながら夢をみていた。

「ほらロフシー。うまいもんだろ」

 ロフシーの母親が今完成した細工物を誇らしげに見せる。

「それは何を作ったのー?」

 これはロフシーの幼いころの記憶だった。

「ベルトのバックルさ。そこに幸運を授ける細工を彫ったんだ」

 母親に手渡された真鍮のバックルを見て、幼いロフシーは目を輝かせる。

「すごい!」

 バックルの外周には捻れた細い蔦、中央に大きく翼を広げた猛禽の姿が彫られていた。特に猛禽は見事で、羽の一枚一枚まで精密な溝で描かれ、力強い瞳には生きているかのような輝きがあった。

「ハハ! どうだ、すごいだろう!」

 豪快な笑い声で母親は笑う。

 ロフシーと母親はあまり似ていない。小柄で大人しそうなロフシー。大柄で声も大きい母親。二人は非常に仲が良い親子だった。物心つく前に父親が亡くなったせいなのかもしれないが、ロフシーは母親と二人の生活が本当に幸せだった。

「わたしもお母さんみたいな細工師になるー!」

「私の修行は厳しいぞー!」

 娘と母親はいつまでも笑い続けた。



「目が覚めたか」

「うう」

 ロフシーは目をこすりながら体を起こす。左右を見て岩壁に囲まれているのを確認して、正面を向く。そこには男が壁を背に座っていた。地面ではなく、ちょうどいい高さの岩に座っている。

「えっと……あなたは……」

「のどが渇いているだろう。水を飲め」

「それは」

 水を持っていないと言う前に、男はロフシーの腰にある水袋を指さして言う。

「いいから飲め」

 内心首をかしげながら水袋に手を触れて驚く。一滴も水が無かったはずの水袋が、限界まで膨れていたからだ。

「えっ、どうして?」

 不思議に思いながらも水袋に口をつける。一口飲むと、久しぶりの水でのどを潤す快感につい顔がほころぶ。

(あれ? もっとのどが渇いていたと思ったけど、そうでもない?)

 ロフシーは完全に脱水状態だったはずなのだが、今は少し水を飲んだだけで満足だった。本来ならば一気に水袋の中身を全て飲み干してもおかしくないはずだった。

 ロフシーが首をかしげながら水袋を見ていると、男が声をかけた。

「お前はどうしてこんな場所に来た」

「それは、えっと……自分でもわからなくて。歩いていたら、いつの間にかここにいて……」

「ふん。お前は誰かと一緒にいたのか?」

「いえ……私は村を追い出されてしまって」

「ならば行くあてはどこにも無いのだな」

「はい……」

 俯くロフシーを、男はただ黙って見ていた。ふいに立ち上がると口を開いた。

「行くぞ」

「あの、どこへ?」

「知らん。とにかく、こんな場所にいては干からびるのを待つだけだ。そんな事は耐えられん」

 男は優雅にすら見える歩き方で、真っ直ぐのびる岩の切れ目にできた道へ向かっていく。

 ロフシーは一瞬悩んだが、こんな何もない場所に一人残されるのは嫌だったので、慌てて男を追いかける。

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