第2話
顔に何かを感じた。
土混じりの風ではない。年に一度あるかないかの雨滴でもない。
気の遠くなるような長い時間のなかで忘れてしまった感触。いや、覚えているような気もする。
硬い、柔らかいではなく、温かい。それをまず感じた。
体が動かない。動きたくない。体のどこにも動かせるだけの力が、意志の力が入らない。
そもそも彼の意識がここまで浮かんできたのは、とても久しい事だった。
また同じ感触。場所が違う。ここは、口か?
無遠慮に唇を割って異物が入り込んでくる。不快感から逃げようとしたが、次の新たな感覚にそれが消えた。
ゆっくりと口の中へ流れ落ちてくるもの。遥か過去の記憶に忘却しかけていた存在。
(ああ……水だ……)
かつては無限にあり、飲むことも全身に浴びることも思うがままだった。
それを奪われたのは考えるのも億劫な遠い過去。忘れていた幸せが、自らを蝕み続けたのどの渇きがよみがえる。
しかし与えられた水はほんの僅かだった。この程度の量ではとうてい足りない。
(もっと水を)
急に視界が開けた。意識はしっかりとあり、自分は何者なのかを自覚する。
「俺は……」
男は自分の両腕を見る。そこには腕を拘束していた鉄輪も鎖も存在していなかった。
「なぜ封印が解かれたんだ?」
そこで両腕ではない場所に、知らない感触があることに気づく。
「おいっ」
地面へ投げ出した両足の上に、ロフシーが乗っていたのだ。太ももを枕のようにして、体を丸め横になっている。
その体を何度も揺らすが目を覚ます様子はない。そして彼女が男に何をしたのかという記憶を思い出す。
「……なぜ自分で飲まなかったのだ」
顔を隠す布をずらすと、まだあどけない十代なかばほどの少女の顔が見えた。肌は土ぼこりで汚れ、唇は先程の男と同じかそれ以上に乾いてひび割れてしまっている。
「…………」
男は指先で頬をそっと撫でると、乾いた土の感触。これほどの状態であったのに、彼女は男に水飲ませることを選んだのだった。
「どうしてなんだ……」
男はロフシーの向きを変えると、顎に片手の指をそっと添えた。そしてもう片方の手の指先を、少女の口元へ。
「この責任は取ってもらうぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます