第3話 Kの訪れ
私の前の管理者についてセンターで調べると名前はアルベルト・リゾ。58歳、回路技術者。技術者? 医療ポッドを直したのは彼だろうか。それにしては雑に思える。
コロニーに入る前に一度自己紹介をした。主観的にはまだ3日前で、鮮明だ。僅かな記憶では長身で鳶色の目、鷲鼻の気難しそうな男性だった。
履歴では確かに一年前の今日、彼は起きた。それから3日ほど食料消費した。その後自身のスリープに戻っている。
「何故だ。コロニーは1年近くもモニタリングされていないのか!? 何故その時に私を起こさなかった!?」
ポッドに戻ること自体はありうるだろう。例えば病気に罹患し進行を止めるため。だから眠ること自体は問題ないが、眠る前に後任者、つまり私を起こさなければならないはずだ。
なぜ私は起こされず、アルベルトは眠りについた? 資料は何も残されていない。
管理センターのアルベルトのハッチのパラメータを確認。
使用中。バイタルは正常。そして非解除申請の表示。非解除?
本人がスリープ解除を拒否する時に表示するものだ。この表示の場合、緊急時に全員起床する場合も起床を免れる。
本来起こすべきでは無い。僅かな逡巡。
いや、アルベルトには説明責任がある。何か発生したとしても情報も残さないなど無責任だ。だから起こしても文句を言われる筋合いはない。アルベルトが義務を放棄したんだ。思わずコンソールを叩いた痛みがじわりと広がる。
もう限界だった。必死で心の内で収めようとしても、何が何だか分からない事象に湧き上がる不安は既に私の胸から漏れ出て肺をみたし、口から叫びとなって溢れ出る。
「私のせいじゃない!」
そう予め言い訳を作って解除ボタンを押す。起床には時間がかかる。解凍するわけだから。しばらくしてハッチの周囲が青色に点灯し、データ上もモニタ上もハッチが開く。けれどもアルベルトが起きる様子がない。
何故だ。
苛立ちに任せて意識の外に置いていた、コロニー全体が壊れている可能性を思い出す。いや、まだ確定じゃない。起きてこないなら、起こしに行けばいいだけだ。
薄暗い廊下をハッチがある部屋に向かう。
感覚がぐにぐにする。先程よりふらつく。気持ち悪い。視界の歪みが激しくなる。不具合が増大している。なんだこれは。訳の分からない焦りが沸き起こる。苛立ち。五感の不具合は精神にダイレクトに影響する。気持ち、悪い。けれどこれは、極度の不安が齎すものだ。ただそれだけだ。仕方がない。こんな状況じゃ、誰だって不安になるはずさ。
部屋は静まり返っていた。自分のハッチの並びのうす青く光るアルベルトのハッチの中には誰もおらず、かわりに大量の粘り気のある水が溢れて床にこぼれ落ちていた。一体何だというんだ?
アルベルトはどこにいる?
この水はどこから来た?
混乱しているとその水たまりがぽちゃりと揺れた、気がした。駄目だ、やはり感覚がおかしい。
「アルベルト?」
静まり返った室内にまたぽちゃりとだけ音が響く。
ハッチを開く前はバイタル反応があったということは、どこかにはいるはず。だが呼びかけても誰もいない。すれ違った? 向かうなら管理センター。そういえば生体感応センサがあったはずだ。それで位置が、分かる。また、管理センターに戻らなければ。俺は一体何をやっている。
動けば動くほど体は鈍重になり、まるで溶けていくようだ。疲れ果てた体でようやく戻り、生体感応パネルを開いた。けれども人を示す光点は一つも表示されていなかった。
「ハ、ハ、ハ」
乾いた笑いが管理センターに響いた。これじゃ私も生きていないじゃないか。
糞。これも不具合か。どこからどこまでが、不具合だ。全てか。
再びコンソールを叩けば、やけにぐにゃりとした感覚がある。感覚もおかしくなってきたらしい。
「不具合、不具合、不具合」
大きくため息を吐くとその音にぜぇ、という音が混じった。苦しくはない、が、その音は確かに聞こえたようで、幻聴のようには思われなかった。
いずれにせよ今後の方向性は決めなければ。
不具合が起きているのがコロニーか私か、その両方か。コロニーの場合は全員を起こす。マニュアルにそう定められている。だから全員起床の方法を調べようとヘルプを開けば、アラートが挟まれていた。
『全員起床を行う前に見るべき内容』
日付を見る。28年前に追加作成され、作成者はカテリーナ・モル。遺伝子治療の専門医。
『私は外に出ることにした』
いきなりの出だしに面食らう。外に出ることは死を意味する。それでも念のため扉の開閉ログを調べれば、10回の開閉が確認された。
まさか、バカな。自殺願望なのか?
しかも1人ではなくのべ10人。主観的には眠って3日後のはずだ。何らかの精神状態を悪化させるような菌でもコロニーに広がっているのだろうか。そういえば、確かに、私の体調もおかしい。
『なぜならこのコロニーはユフに汚染されている』
何を言う。汚染されているなら私は即死している。このカテリーナという女性も。戯言だ。困惑しながら読みすすめる。
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